海外トイレ取材 8

北欧のトイレデザイン

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

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今回は北欧のトイレデザインということで、久しぶりにパブリック・トイレのデザインに絞って興味深い例をいくつか紹介したい。北欧は、ジェンダーレストイレの導入を積極的に進めており、また、コペンハーゲンは、パブリックスペースの話題では必ず名前の挙がるゲール・アーキテクツが事務所を構えている場所でもある。短い滞在だったので、ストックホルム、コペンハーゲン、オスロと主に3都市だけの訪問ではあったが、それでも現地に行ってわかったことは大きかった。まず、トイレのジェンダーレス化については、北欧でもすでに達成済みということはなく、今まさに進行中という状態だった。それよりも現地に行って驚いたのは、キャッシュレス化の浸透具合である。こちらはかなり進んでおり、旅行で行く分には現金をまったく持っていなくても問題ない。実際、ストックホルムを案内してくれたスウェーデン王立工科大学(KTH)に留学中のひらおしえなさんに聞いたところ、ストックホルムの店舗のなかで現金しか扱っていないのは、彼女の知る限りある建築専門書店1軒だけとのことであった。これはのちのち紹介するが、パブリックスペースを考えるうえでも非常に大きい意味をもっている。

「ジェンダーレス」トイレ

まずは、近年できた建物を中心にジェンダーレストイレについて見てみよう。ジェンダーレストイレのかたちは、まだ試行錯誤の段階ではあるが、今のところ、それぞれのトイレブース内に手洗器が設置されたうえで、それらのトイレをずらりと並べるパターンが基本形になりつつある。これから紹介する3つは、そのパターンを引き継ぎつつも、新たなパターンを提案していた。

KTH建築棟

KTH建築棟は、最近、新築されたばかりの建物で、外壁はコールテン鋼で覆われ、内部は木をふんだんに使用している。1階には角が丸められたアメーバ状の部屋が外壁に面して並んでおり、そのあいだを有機的な形状の廊下がつないでいる。廊下はところどころ広くなっており、普段は学生の休憩スペースとして利用され、レクチャースペースや、展示、イベントスペースとしても使用できる。木の内壁は、釘を打てるので展示に有効利用されていた。また、大型のレーザーカッターやパネルソーを備えた木工室や、3Dプリンタのある部屋など、1階にはたいへん充実した工房があり、3人ほどの専門スタッフが常駐しているとのこと。これらの専門設備は、ただ使える機会があるだけでは活用できないので、スタッフが常駐していることの意義は大きい。学生がつくりたい模型やモックアップのイメージを彼らに伝えると、その素材や加工方法を教えてくれるという、建築学生にとっては夢のような環境が実現されていた。2階より上が教室。ひとりにひとつのテーブルが用意されている。

K1階廊下部分

1階廊下部分。窓から各部屋の内部が見える。ストリートのような雰囲気
以下、すべて筆者撮影

トイレは男女共用で、ブース内部に手洗器が並ぶプランだ。それぞれのブースはメインの動線から一本奥に入った廊下に面しており、しかもその廊下が複数あるので、廊下ごとにクラスタができる。友人同士で一方の廊下に一緒に行くこともあるだろうし、自分とは異なる性別の人が多くいる瞬間には別の廊下を選ぶこともあるかもしれない。つまり、トイレブースが男性用と女性用に分かれている従来のプランから、洗面とブースへの入口のドアを排除したかたちだ。単に同じものが並ぶだけではなく、あるまとまりがあり、選択できるようになっているという状態は新鮮であった。

片側の廊下=クラスタ

片側の廊下=クラスタを見る。ドアの中は各個室で男女共用

スウェーデン国立美術館

スウェーデン国立美術館はたいへん古い建築物だが、リノベーション工事を経て2018年10月にリニューアルオープンしたばかりだ。近年リニューアルした古い美術館や博物館でよく見られるように、中庭部分に屋根をかけレクチャー兼イベントスペースにしている。ホールや中庭のデザインもいろいろと凝っている部分はあるのだが、リニューアルで最も興味深かったのが地下のトイレである。階段で地下に降りると、開放的で天井の高い地上の空間からは一変し、天井高はぐっと抑えられ、等間隔に並んだアーチ状の構造柱が並んでいる。その中央部分にメインの動線をとり、そこから枝分かれするように廊下が複数伸びている。ある廊下にはロッカーが、また別の廊下にはトイレブースが並んでいる。トイレに男女の区別はないものの、それぞれの廊下に並べられたトイレは5つほどなので、ある廊下にはひとつの家族が、ある廊下には若者の集団が集まっており、それぞれ適当に使い分けている。ある意味で、KTH建築棟のプランをさらに発展させたプランだ。また、廊下の周囲の柱の足元にはベンチが備え付けられているので、待ち合いスペース兼談笑スペースになっている。地下やトイレという、負のイメージがあるものを、適度にオープンで適度にクローズドなプランとすることで、親密な場所へとうまく反転させている。

地下のトイレ、ロッカースペース

地下のトイレ、ロッカースペース。ベンチが壁沿いに伸びていて、ゆったりと待つことができる。ところどころの切れ目からロッカーや個室の並ぶ細い廊下に枝分かれしている

枝分かれした細い廊下に並ぶトイレ

枝分かれした細い廊下に並ぶトイレ。手洗器は各ブース内部にも設置されている

実際には、柱が林立しているという構造的制約から生まれたという部分も大きいだろうし、とても贅沢なスペースの使い方をしているので、ほかで使えるかたちではないかもしれないが、ジェンダーレスというだけでなく、みんなで使うトイレを考える際の大きなヒントがここにはある。

BLOX建築博物館

BLOXは建築博物館とフィットネスジムやオフィスなどのコンプレックスで、設計はOMA。箱が積み重ねられたような建築で、ズレた箱の上にはテラスが、下の隙間にはオープンスペースや道路が介入している。OMAはこれまでも単一用途ではなく複合用途の建物を提案していたが、特にスポーツジムは初期の頃から何度も登場しているプログラムだ。その理由はBLOXを見るまでわからなかったが、美術館のような静的な建物からガラス一枚を隔てて運動している人が見えるというのは、想像以上に面白い。建築は基本的に動かないが、動く車が建物の中を通り抜けたり、内部に激しく動く人が何人もいると、建物自体がまさに活動しているように感じられる。

そして、ここのトイレもまた面白い試みがなされていた。クロークの脇にある、巨大な地下のトイレスペースに入ると、右手に手洗いカウンターが壁面いっぱいに備え付けられ、左手には大量のトイレブースが並んでいる。壁面はトイレブースのドアも含めて白色で、床はブースとちょうど同じ幅で白と黒のストライプに塗り分けられている。そして、この床に合わせて各ブースの内部の壁と床も白と黒に塗られている。より正確には、白い部屋と黒い部屋が交互に並んでいて、その色が床にまではみ出ている。面白いのは、この白と黒の色の塗り分けは男女の区別とは無関係であることだ。巨大な手洗いカウンターも含めて、トイレスペース全体は男女共用だが、ブース自体は、左手が男性用、右手が女性用、一部が男女共用になっている。ここでは、通常は男女の区別をつけるための色を、性別とはまったく無関係に使用しており、いわば色が性差を撹乱させている。

トイレ内部

トイレ内部。右に手洗カウンター、左に各ブースが一直線に並ぶ

トイレ内部

トイレ内部。白と黒のトイレブースが交互に並ぶ

トイレ「デザイン」

ジェンダーレストイレ以外にもいくつか興味深いデザインのトイレがあったので紹介しよう。

オスロ・オペラハウスはスノヘッタのデザインによる、オペラハウスの屋上を開放し展望台とした建築で、港に面した立地も相まってオスロの観光名所になっている。オペラハウスという、トイレを利用する時間帯が集中するプログラムなので、トイレは巨大だ。小便器は常時水が流れる壁面に向かって用を足すタイプ。珍しいのは、長い手洗いカウンターに並んだ水栓金物の上にそれぞれ専用のペーパーホルダーがついていたこと。これだけの数があると、まとめるわけにもいかないし、手が濡れたまま歩き回ると床が濡れるので、たしかに理にかなっている。また、クロークもたいへん巨大だが、クローズドな部屋とはせずに、開放的なつくりとなっていた。

巨大な手洗カウンター

巨大な手洗カウンター。各蛇口の上にペーパーホルダーがついている

巨大でオープンなクローク

巨大でオープンなクローク。訪問時は子どもたちがかくれんぼをして遊んでいた

クロークつながりで面白かったのが、RAGNAROCKだ。MVRDVとCOBEの設計によるコペンハーゲン郊外にあるロックミュージアムだ。クロークは、天井から吊り下げられたハンガーに服をかけ、ロープを引っ張ると上部に吊り下げられるシステムになっている。

同じくコペンハーゲン郊外にある、ヨーン・ウッツォンが設計したことで有名なBagsværd Kirkeは、建築自体もたいへん素晴らしいのだが、トイレもよくできている。中庭に面しているため自然光が入り、ブースも広く、裏方ではなく気持ちの良いひとつの場所として設計されている。

RAGNAROCKのクローク

RAGNAROCKのクローク。正面に並んだロープを引っ張って、コートを吊り下げた上でロープに鍵をかける。コートを預けることをイベントにしている

Bagsværd Kirkeのトイレ内部

Bagsværd Kirkeのトイレ内部。正面の窓の外は中庭。カーブして天井にバウンドした光が室内を柔らかく照らす。使われている素材や衛生陶器はどれも簡素なものだが、とても贅沢なスペースとなっている

ストックホルム市立図書館近くのレストランTennstopetのトイレは、真ん中の電話ボックスを挟んで左右にある階段の上にそれぞれ男性用と女性用のブースを配していた。トイレがどこか劇場的な雰囲気を醸し出している。

コペンハーゲンのARKETは、ショップのインテリアにおいて、基調となる一般的な色白ではなくグレーを用いている。マットなグレーは近年流行している色なので、現代的な雰囲気だ。そしてトイレもまたグレーを基調としている。白い衛生陶器が映えるし、 汚れも目立たないので、個人的にもトイレは白色ではなく、やや明度を落としたほうがよいと以前から感じている(余談だが、筆者のスタジオのトイレもオリーブグリーンだ)。

ARKETのショップ内部

ARKETのショップ内部。什器も含めて、床、壁、天井すべてグレーで統一している

男女のトイレスペースは電話ボックスの左右の階段を登った先にある

男女のトイレスペースは電話ボックスの左右の階段を登った先にある

クリーンで清潔な印象のあるグレーのトイレ

クリーンで清潔な印象のあるグレーのトイレ

Dansekapelletは、火葬場を改修したダンススタジオで、円形状のシャワーブースは火葬場だった痕跡が残っている。火葬場をダンススタジオやシャワールームに改修するのは、なんとなく日本だと敬遠されそうな気がするが、こちらではその辺りはかなりドライなようで、訪問時もママさんダンサーたちが元気に踊っていた。

Nørreport Stationは、ゲール・アーキテキツがマスタープランを描き、実際の建築物はCOBEが設計したコペンハーゲンの交通の要となる駅の改修。この中にあるパブリック・トイレは、中央にカウンターがあり、左右にトイレブースが並ぶ。一応右が男性用、左が女性用と表記されているが、どちらも基本的には同じデザインだ。天井高いっぱいのドアが特徴。

Dansekapelletのシャワースペース

Dansekapelletのシャワースペース。火葬場の痕跡が残る

巨大な扉の並ぶNørreport Stationのトイレ

巨大な扉の並ぶNørreport Stationのトイレ

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公開日:2019年05月29日

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