海外トイレ×キッチン事情 8

デンマーク、コペンハーゲン――人の顔が見える有人トイレ

斉藤優子(エディター)

競争社会でない均質な国民性

北欧諸国は、幸福度ランキングの上位国や高福祉国として紹介されることが多い。デンマークもそうした北欧諸国のひとつだが、国といっても人口約578万人、国土面積約4.3万平方キロメートル、九州ほどの面積に兵庫県民が住んでいるようなもので、非常に小国である。

小国ゆえに、自国の文化を守る意識が高く、国民同士の顔がお互い見えるせいか民主的で、税金を正しく払うことが美徳で、医療や大学などに対してお金を払う必要がないというより、自分たちの払った税金から医療費や学費が出ているのだから有効に使おうとする意識が強い気がする。そして近年、移民や難民の流入で予期せぬ支出が増えたこともあり、より効率的な国家財政運用が求められている。同時にデンマークらしさが流入する異文化に淘汰されないよう、保守的な考えが強くなっている。

デンマークの国民性を表わす言葉で、「Janteloven(ヤンテの掟)」というものがある。もとは1930年代の小説に出てきた北欧民族の価値観のようなものを指す10カ条で、大雑把に言うと、「自分が他人より優れていると思うな」など、慎ましいことが美徳である考え方である。その精神がいまだにあるのか、現在のデンマークには、競争させて個人を伸ばすより、全員が一定のレベルで良くなろうという風潮がある。そのためか競争心もあまりなく、バリバリ働くより16-17時に切り上げ、自分の時間や家族との時間に重きを置いている。このように国の規模から価値観まで、日本とはまったく違うことを踏まえておきたい。

古いきれいなトイレと、新しい汚いトイレ

デンマークの首都、コペンハーゲンは人口約60.2万人と国全体の約1割ほどを占め、国内一の観光地である。コペンハーゲン市内には、数は多くないが無料のパブリック・トイレが整備されている。

コペンハーゲン市内のパブリック・トイレ

コペンハーゲン市内のパブリック・トイレ
引用出典=コペンハーゲン市ホームページ

公園にあるトイレを除くと街中に37カ所にあり、うち7カ所は人が常駐する有人トイレ(ただし、2019年4月現在、そのうち1カ所は地下鉄工事で今夏まで閉鎖)、8カ所は自動洗浄するタイプである。駅のトイレは、すべての駅にあるわけではなく、コペンハーゲン中央駅のトイレは有料である(2019年4月現在で5デンマーククローネ、日本円で約84円)。

複合商業施設のトイレを見ると、デンマーク随一のデパートMagasin du Nordでも、地下と最上階のレストランフロアにまとまったトイレがあるだけで、各階にはない。日本にはどんな小さい駅にもトイレはあるし、商業施設においては各階に複数あることを鑑みると、コペンハーゲンの街を歩く際にはパブリック・トイレの存在は大きい。主要な観光スポットには有人トイレがあり、トイレ脇の個室には清掃者が常駐し、まめに掃除をしているためきれいに保たれている。

コペンハーゲンにはニューハウンという、アンデルセンが住んだ家や、カナルツアーの波止場、デンマーク料理店が軒を並べる、つねに観光客と地元の人で賑わう観光地がある。ニューハウンのとあるパブリック・トイレは、1900年代初めに建設され、木製の重厚な扉が特徴的で、観光客はもちろん、目の前のレストラン客も使用している。

ニューハウンのパブリックトイレ入り口
ニューハウンのパブリックトイレ内観

ニューハウンのパブリック・トイレ入口と内観
以下、すべて筆者撮影

一方、市内の観光地ではないエリアには、人が常駐しないパブリック・トイレもある。これらのトイレは建設された年代ごとに同じデザインで建っている。

2016年に設置された無人トイレの外観
2016年に設置された無人トイレの内観

2016年に設置された無人トイレの外観と内観

上の写真のトイレは市内の住宅街にある駅前広場に2016年に設置された無人のパブリック・トイレである。車椅子の人や子どものオムツ替えをする人も使用できる広さや設備が整っているユニバーサルデザインのトイレだが、落書きされ、臭いもあまり良いとは言えない状況である。有人トイレは主要な観光地や古い歴史ある建物の中にあるので、汚く使われないように人が常駐しているのかもしれないが、人がいるといないでは、使われ方に落差がある。

有人トイレが予算削減対象のリストに

2018年11月、緊縮財政により有人トイレの閉鎖の危機が起こった。お金がかかるので歴史ある王室を廃止しようとか、王室に新しく子どもが生まれると、喜ぶより先に「金がかかる」と平然と議論する合理的なデンマーク人のことなので、有人トイレはなくなってしまうかと思っていたが、すぐに反対の署名活動が起こり、結局閉鎖は見送られた。少しでも晴れれば寒くても外に出るデンマーク人にとって、街のきれいな有人トイレは生命線だったようだ。

キャンドルや鉢植え、キャンディーが置かれた有人トイレ
キャンドルや鉢植え、キャンディーが置かれた有人トイレ

キャンドルや鉢植え、キャンディが置かれた有人トイレ

有人トイレには、おそらく掃除をする人の個性であろうしつらえがなされていることが多い。キャンドルや鉢植え、キャンディが置いてあることも。有人トイレは、じつは小国ならではのお互いの顔が見え、限られた予算で心地よさを目指そうという姿勢が、よく現われた場所であるのかもしれない。

斉藤優子(さいとう・ゆうこ)

早稲田大学理工学部建築学科、東京大学工学研究科建築学修了。広告代理店、新建築社編集を経て、現在デンマーク在住。

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公開日:2019年04月26日