明日のパブリック・トイレ×パブリック・キッチン 4-1

したたかに「生きる」世界のトイレ──ナイロビのスラムから(前編)

小野悠(豊橋技術科学大学)

ケニアの首都ナイロビのスラムには多種多様なトイレが存在し、その一つひとつが人々の「生きる」につながっている。ここでは筆者が博士課程在学中に約半年間暮らしたムクル・スラムを舞台に、トイレをめぐってしたたかに生きる人びとの姿を見ていきたい。

ムクル・スラムはナイロビの3大スラムのひとつと言われ、約60万の人々が暮らしている。「ムクル」はキクユ語でダンプサイトを意味し、ごみの山の上にできた街であることに由来する。1~2階建てのトタンの長屋が立ち並び、10~30世帯、40~120人ほどがひとつの長屋で生活している。

ムクル・スラムのメインストリート

ムクル・スラムのメインストリート
以下、すべて筆者撮影

長屋の共有トイレ

筆者が部屋を借りていた長屋には11世帯の家族が住んでいた。夫婦と子どもの世帯、妻と子どもを田舎に残して出稼ぎにやってきた男のひとり世帯、友人同士で部屋を借りている世帯など、じつにさまざまなかたちで人々が暮らしをともにしていた。

筆者が住んでいた長屋。中央の廊下に面して部屋が並んでいる

筆者が住んでいた長屋。中央の廊下に面して部屋が並んでいる

長屋では2つのトイレを共有して使っていた。セメントで固められた地面の穴に排泄物を溜めていくタイプの、いわゆるボットントイレである。はっきり言って快適とはほど遠い。トイレの扉を開けると強烈な臭いが鼻を刺す。床にはゴキブリが這い、天井には蜘蛛が巣をつくって鎮座している。上下の虫たちに気を遣いながら、けっして穴の中を見ないように、足を置く場所を見きわめ、穴の位置に構え、的を外さないように細心の注意を払って用を足すのだ。電気のないトイレは昼間でも薄暗く、夜になると真っ暗だ。穴の位置を見誤って足を踏み外そうものなら目も当てられない。足を踏み外さなくとも排泄物が適切に穴の中に落下しなければ、穴の周囲は汚物にまみれてしまう。誰かが見誤ったのか、ときにそんな状態になっていることがある。筆者含め誰も掃除をしたがらないので、たいていは何日もトイレが使用不能になるのだ(結局最後は誰かが根負けして掃除をするわけだが)。近所には日替わりでトイレの掃除当番を決めている長屋もあったが、うちにはそのようなルールは存在しなかった。

ビジネスとしての汚物回収サービス

穴の中が排泄物でいっぱいになると長屋のオーナーが汚物回収業者を手配してくれる。男性の2人組がタイヤの付いた手押し車にドラム缶を載せてやってくる。スコップを使って穴から汚物を汲み取り、ドラム缶に移していく。ドラム缶に入れられた汚物は運び出され、マンホールから下水管に流したり、川に捨てたりする。この汚物回収サービスは、200Lのドラム缶1杯あたり、250~500ksh(ケニア・シリング、1ksh=約1円)の料金がかかる。金額に幅があるのは汚物の回収場所から廃棄場所までの道のりによって決まっているからである。距離があるほど、また、細い道やぬかるんだ道など道の状態が悪いほど料金は高くなる。汚物回収は彼らのビジネスであり、労働の負荷に応じてサービス料金を決めているのだ。

汚物回収を生業にする男性

汚物回収を生業にする男性

ビジネスとしてのパブリック・トイレ

最近建てられた長屋は、トイレが備わっているのが標準になりつつあるが、古い長屋にはトイレの付いていないものも多い。また、スラム内にはプレスクール、小学校、中学校など、フォーマル/ノンフォーマルのさまざまな学校があるが、トイレのないものも多い。トイレのない長屋の住人や学校の子どもたちはパブリック・トイレを使うことになる。もちろん、商店街で働いている人や外出中の通行人などもパブリック・トイレを使うことがある。

ムクル・スラムに見られる多様なパブリック・トイレ

ムクル・スラムに見られる多様なパブリック・トイレ

ムクル・スラム内には多くのパブリック・トイレがあるが、いずれも有料である。大人が5ksh、子どもが2kshというのが1回あたりの使用料の相場である。また月極の契約も行なわれている。トイレのない長屋や学校のオーナーが1月分の使用料をまとめて払って、長屋の住人や学校の子どもたちが自由に使えるようにしているのだ。

こうしたシステムを採っているのはパブリック・トイレのオーナーである。トイレを設置し、日常的に掃除をして、壊れたら修理し、汚物が溜まったら回収業者を手配する。初期費用を回収し、メインテナンス費用をまかないつつ、利益を出すために、トイレの使用料をとっているのだ。彼らは何もボランティアをやっているわけではないし、公共サービスとしてやっているわけでもない。あくまでもお金を稼ぐための手段のひとつとしてパブリック・トイレを運営しているのだ。

パブリック・トイレのオーナーを少しご紹介しよう。

水路上のパブリック・トイレ

商店街から少し脇に入ったところに、水路の上に立つパブリック・トイレがある。このトイレのオーナーは25歳の男性M氏だ。商店街にある友人の携帯ショップで働きながらパブリック・トイレを運営している。何かビジネスを始めようと考えていたとき、商店街で働いている人や通行人が使えるようなトイレがないことに気づき、ビジネスチャンスだと思い、パブリック・トイレを始めたのだという。

水路の上に立つパブリック・トイレ

水路の上に立つパブリック・トイレ

M氏のトイレには扉が2つ付いていて、向かって右側の扉を開けるとトイレ、左側の扉を開けるとシャワールームになっている。トイレはプラスチックの便器が木枠にはめ込まれたもので、尿と便の穴が分かれている。尿は水路にそのまま流し、便は下のバケツに溜めていくシステムだ。トイレの隅におが屑が置かれ、排便後におが屑をかけることで臭いを抑えるのだという。また、シャワールームは、ムクル・スラムでは非常に珍しくホットシャワーが使えるようになっており、使った水はそのまま水路に流している。もともとは設置スペースがないため仕方なく水路の上にトイレをつくったが、その立地を生かしたトイレシステムを考え出し、また臭いを抑える工夫をしたり、ほかにはないホットシャワーを併設するなど、随所にM氏のこだわりが見られる。

Sanergy社が商品展開するトイレ

最近、ムクル・スラムではひときわ目をひく青色のトイレが見られるようになっている。「フレッシュライフ」と呼ばれるこのトイレは、公衆衛生問題からスラムの居住環境改善を目指すSanergy社が開発・販売するものだ。別々の容器に溜めた尿と便をSanergy社のスタッフが毎日回収し、堆肥化して販売するという循環システムのトイレである。毎日のトイレ掃除を義務づけ、使い方のルールをトイレ内に掲示するなど、清潔さを維持する工夫もされている。トイレの販売価格は45,000~55,000kshで、汚物回収費用は最初の1年は無料だが、2年目以降は年間9,000kshかかる。初期費用も維持費もかかるが、下水道がなくても使えるトイレとして注目され、2010年の販売開始以来ケニア各地で見られるようになっている。ムクル・スラムでもSanergy社の営業マンがきれいで臭わないトイレを売りに、長屋やパブリック・トイレのオーナーに設置を持ちかける姿が見られる。

フレッシュライフ

フレッシュライフ

フレッシュライフの汚物を回収するSanergy社のスタッフ

フレッシュライフの汚物を回収するSanergy社のスタッフ

女性グループが運営するパブリック・トイレ

このフレッシュライフをパブリック・トイレとして運営する女性グループがある。彼女たちはもともと貯蓄活動などを行なっていたが、あるとき、グループの集まりにやってきたSanergy社の営業マンからフレッシュライフを使ったパブリック・トイレのアイデアを聞き、グループをエンパワーするいいアイデアだと思い、始めたという。彼女たちはメンバーからお金を集め、1年分のローンを組んでフレッシュライフを購入し、路上に設置して曜日ごとに担当者を決めてトイレの掃除や管理をしている。毎日朝6時から夜7時まで開けていて、1日あたり20人程度の個人利用があるほか、トイレのない長屋や学校との月極契約があるという。ローン返済分を除いた日々の売上げはその日の担当者が自由に使ってよいことになっており、女性たちの大事な収入源になっている。

パブリック・トイレを運営する女性グループのメンバー。屋台で野菜や果物を売りながらトイレの番をする

パブリック・トイレを運営する女性グループのメンバー。屋台で野菜や果物を売りながらトイレの番をする

公共サービスとしての上下水道が存在しないスラムでは、トイレ、もっと言えば排泄に関連するさまざまなサービスはビジネスチャンスとして捉えられ、それらを生業とする人々が一定数存在する。後編ではこうしたトイレをめぐる動向から、パブリックとはなにかについて考えていきたい。

小野悠(おの・はるか)

2016年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了。豊橋技術科学大学大学院建築・都市システム学系講師。博士(工学)。アフリカ、アジア、南米など約70カ国を旅し、都市計画を研究する。主な著書に『アジア・アフリカの都市コミュニティ──「手づくりのまち」の形成論理とエンパワメントの実践』(共著、学芸出版社、2015)など。

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公開日:2019年03月27日