連載 明日のパブリック・トイレ×パブリック・キッチン 4-2

したたかに「生きる」世界のトイレ──ナイロビのスラムから(後編)

小野悠(豊橋技術科学大学)

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公共サービスとしての上下水道が存在しないスラムでは、パブリック・トイレの運営や汚物回収サービスなど排泄に関連するさまざまなサービスが住民によって担われていることを前編で見た。じつはトイレだけでなく、水や電気の供給、ゴミ回収といった生活を支えるあらゆるインフラサービスが住民によるビジネスというかたちで提供されている。

住民が担うインフラサービス

水は飲料用や調理用だけでなく、衣服を洗濯したり、身体や顔を洗ったりと生きていくためになくてはならないものであるが、ムクル・スラムでは20Lの容器1杯あたり5ksh(ケニア・シリング、1ksh=約1円)で売られている。これは水の販売を生業とする人々が水道会社の水道管に無断でパイプをつないで導水してきたものである。週末などに1週間分をまとめて購入して自宅に保管しておくことが多い。

20L容器に水を汲む子どもたち

20L容器に水を汲む子どもたち
以下、すべて筆者撮影

電気もまた同様に、この販売で生計を立てている住民がいて、電力会社の電気を無断で引っ張ってきて各戸につないでいる。筆者が住んでいた長屋では、部屋ごとに毎月450kshを業者に払って電気を使用していた。頻繁に停電するため、灯油で使えるランタンとローソクの常備が不可欠だ。長屋に暮らす子どもたちが、夜真っ暗ななか、ローソクを片手に学校の宿題をしている姿が思い出される。

夜になって電気で灯される商店街

夜になって電気で灯される商店街

停電時はランタンで明かりをとる<

停電時はランタンで明かりをとる

都市生活をしていると、調理くず、紙、プラスチックなど多くのゴミを出していることに気づくが、ゴミの回収サービスも存在する。毎週日曜日になると地元の若者グループが長屋ごとに一袋20∼50kshでゴミを集め、まとめてダンプサイト(ごみ捨て場)に投棄している。行政によるゴミ回収が行なわれないなか、筆者としては素晴らしいサービスだと思うのだが、水や電気と違ってお金を払ってまで利用しようとする住民は多くない。ほとんどの住民は自宅周りの道路や空き地にポイ捨てしている。そのため、キクユ語でダンプサイトを意味するムクル・スラムの名前に違わず、街はゴミで溢れている。

回収用のゴミ袋をつるした家

回収用のゴミ袋をつるした家

ゴミで溢れた道路と空き地

ゴミで溢れた道路と空き地

公共サービス導入に対する住民の抵抗

パブリックなサービスというと、行政が市民から税金を徴収して運営するいわゆる公共サービスと、個人や集団が利用者からサービスの対価を得て運営するサービスの大きく2つに分けられよう。スラムはその不法性ゆえ、前者の公共サービスから締め出されており、後者のサービスで成り立っている。生きるために必要なサービスは住民自ら調達するしかないのだ。

では、こうしたスラムに公共サービスとしてのインフラが導入されたらどうなるだろうか。衛生環境は改善され、人々の暮らしは格段によくなり、経済水準も上がって徐々に良好な市街地が形成されることが期待される。しかし、実際はそんなに簡単ではないのだ。

電気の例を見てみると、前述したように、電力会社による電気の供給が行なわれていないムクル・スラムには、住民のなかに電気の供給・販売を専門とする人々が存在する。彼らは、電力会社の電線から電気を引っ張ってきて各戸に供給し、住民から電気料を徴収して生活している。サービスレベルはひどいもので、筆者が住んでいた約半年間、夕方自宅に戻って夕食をとり寝るまでの間、電気がずっと点いていた日は1日たりともなかった。何日もまともに電気が使えないような時期もあった。スラム内の数百世帯の住民が夜になると一斉に使うのだから、地域の電力供給量を圧迫して停電になるのも不思議はない。

無断に接続された電線が錯綜している。

無断で接続された電線が錯綜している。感電事故が起きることも

こうした状況に対して、ケニア政府がスラムへの電力供給を認め、各地のスラムで電力会社による導入が始まったのが2014年頃である。そもそも政府がスラムへのインフラサービスの供給を認めないのは、スラム住民が基本的には不法居住者であるため、そこに公共的なインフラをつくってしまうと、不法居住を事実上認めることになってしまうからである。しかし、電力会社としては正式に供給していないスラムで何十万という人々に電気を無断で使われるよりは、不法居住者であろうときちんと電気代を払って正規に使ってもらったほうがよいと考えるのは当然だろう。

電力導入後にあらためてムクル・スラムを訪ねてみると、たしかに電柱が整然と立ち並び、電線が張り巡らされている。しかし、住民に話を聞いてみると、電力会社からの電気はまだほとんど使えず、あいかわらず地元業者から購入しているというのだ。というのも、地元業者が自分たちの仕事がなくなることを恐れて、電力会社の電線をことごとく切って回っているのだとか。電力会社から正規に買ったほうが安くて安定したサービスが得られるというのはよく知られたことである。一部の住民の妨害によって多くの住民が迷惑を被っているわけである。

電力会社によって整備された電柱や電線

電力会社によって整備された電柱や電線

同じようなことは世界各地のスラムで報告されている。貧困層や低所得層が暮らすスラムでは、あらゆるサービス供給が住民のビジネスというかたちで担われているが、それは既得権益が存在することを意味する。法律の枠外で、さまざまな利害関係が絡みあうなか、一人ひとりが持てる知識とスキル、人脈を使って生きる術を見つけ、何とか成り立っている世界である。外からその状況や環境を変えるには、たとえそれが住民にとって良いことだと思われても、その手段やプロセスは慎重に考えられなければならない。でなければ、効果がないばかりか、住民間の不和やトラブルを起こしかねない。人々の暮らしへの深い理解が前提となるのは言うまでもない。

足りないものは自ら創り出す

現在、全世界で10億人もの人々がスラムに居住していると言われ、都市居住の形態としてスラムはけっしてマイノリティではない。違法にできた劣悪な環境の街であることには違いなく、根本的な問題の解決から目を反らしてはならない。しかし、スラムにはそこに生きる人々の日々の実践の積み重ねによって醸成された固有の生活空間が広がっている。足りないものがあれば自ら創り出す、という彼らのしたたかさは、硬直的にルール化されてあらゆるサービスの一方的な受け手に甘んじている私たちにとって、都市での生き様の示唆を与えてくれるように思われる。

小野悠(おの・はるか)

2016年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程修了。豊橋技術科学大学大学院建築・都市システム学系講師。博士(工学)。アフリカ、アジア、南米など約70カ国を旅し、都市計画を研究する。主な著書に『アジア・アフリカの都市コミュニティ──「手づくりのまち」の形成論理とエンパワメントの実践』(共著、学芸出版社、2015)など。

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公開日:2019年05月29日

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