海外のパブリック・スペースから 4

デンマーク、コペンハーゲン──歩行者のための空間

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

「海外のパブリック・スペースから」第4回目はコペンハーゲン。今回は少し趣向を変えて、旅行ガイド風に進めてみたい。というのも、コペンハーゲンは「歩行者のための空間」としてつくられていると強く感じたからである。そこで、今回は地図を片手に一緒に歩きながら(途中からは自転車に乗って)、コペンハーゲンの街を散策してみよう。

コペンハーゲン中央駅からNørreport Stationへ歩く

コペンハーゲン中央駅に着くと、正面に見えるのがチボリ公園だ。公園と名づけられているけれど、入場料も取るのでテーマパークと言ったほうが実情に近い(子どもは無料)。中央駅の目の前という超一等地にあり、ディズニーランドの元になったと言われている。観光客で賑わうだけではなく、市民にも愛されている希有な存在であり、カラフルなファサードで有名なニューハウン(Nyhavn)とともに、コペンハーゲンという街から感じるどこかかわいらしい雰囲気は、この公園のイメージも少なくないように思う。

チボリ公園正面入口

チボリ公園正面入口
以下、特記なきものは筆者撮影

チボリ公園航空写真

チボリ公園航空写真(Googe Earthより)


ファサードが特徴的なニューハウン

ファサードが特徴的なニューハウン

左側に目をやると駅の北側には最近スペース・コペンハーゲンによってリノベーションされ、元はアルネ・ヤコブセンが設計したことで有名なSASロイヤルホテルが見える。ちょうど線路の真横に立っており、かつてはホテルでチェックインしてそのまま空港まで行けたそうだ。

SASロイヤルホテルとチボリ公園の間の道を北東に抜けると大きな広場に出る。右手に見えるのがコペンハーゲン市役所。そして正面の歩行者専用道路が、パブリック・スペースにおいては必ずと言っていいほど話題に上がるストロイエ(Strøget)だ。コペンハーゲンの中心部にある全長1kmほどのこの道路も、かつては車が走る普通の道路だったが、1962年に行なわれた社会実験を経て、歩行者専用道路へと改造したものだ。しかも現在では、コペンハーゲン中心部の歩行者専用道路はストロイエの周囲に面的な拡がりを見せていて、都市の中心部を安全で快適に楽しみながら歩くことができるという夢のような状態を実現させている。今では地価が高騰してしまい、高級ブティックばかりが占めているという批判もあるようだが、少なくとも都市の中心部がこれほど広範囲に歩行者のためにあるという事実には少なからず驚かされた。

SASロイヤルホテル

SASロイヤルホテル


コペンハーゲン市役所

コペンハーゲン市役所

歩行者専用道路ストロイエ

歩行者専用道路ストロイエ

ストロイエを歩いていくと、建築家の加藤比呂史氏が「デンマーク、コペンハーゲン──パブリック・トイレにおける空間と人々のふるまい」で紹介していたアマー広場(Amagertorv)に出る。さらにそのまままっすぐ歩いていくと、コンゲンス・ニュートー広場(Kongens Nytorv)に突き当たってストロイエは終わり。広場の奥に見えるのがニューハウンだ。ここまで全長1.1kmほどなので、ゆっくり歩いても30分はかからない。

一旦アマー広場まで戻って北西に曲がってみよう。この通りはKøbmagergadeといって、ここも歩行者専用道路となっている。marimekkoなどの店舗が並び、要所要所にカフェがあり、奥に入ると、教会や小さな広場があるので、休憩しながら飽きずに歩き回ることができる。また複数のルートがあることで、行きと帰りで違うルートを歩くことができるのも、散策を楽しむための重要な要素だろう。

10分ほど歩くと現われるのが、コペンハーゲンの交通の要のひとつであるNørreport Stationだ。地下鉄やバスの駅とキオスク、駐輪場、パブリック・トイレなどのコンプレックスで、ゲール・アーキテキツがマスタープランを描き、実際の建築物はCOBEが設計。ゲール・アーキテキツが行なった人の動線のシミュレーションを元に、人があまり通らない場所を狙って駅やキオスク、駐輪場が配置されている。角が面取りされた不思議な形態はシミュレーションからきている。実際に何度も利用したが、ここは本当に人通りが激しい。この形態が最適なのかどうかは正直わからないが、庇をつけた建物とベンチを巻き付けた換気塔を人々の主要な動線から離れた場所に点在させることで、人の往来が激しいなかでも、そこから少しだけ距離を保ち、背面が守られた安心感のある居場所をつくることに成功している。また、駐輪場は床を下げて、自転車を半分沈めている。オープンではあるけれど、自転車が視角の中に入る割合がグッと少なくなるので気にならなくなる。これはとても上手いアイデアだなと感心させられた。しかしながら、フューチャリスティックな表層のデザインは、すでに陳腐化し始めているように見えてしまったので、もうちょっと違うカタチでもよかった気もする。

Købmagergade

Købmagergade。道の両側に店が並ぶ


Nørreport Stationの駐輪場

Nørreport Stationの駐輪場

バスに乗ってSuperkilen Parkへ

せっかく交通の拠点に来たので、公共交通も利用してみよう。コペンハーゲンもほかのヨーロッパと同様、バス網が発達している。「5C」に乗って10分ほど経つと現われる赤い公園が、BIGの手掛けたSuperkilen Parkだ。かなり細長い敷地なので、通り庭のような公園であり、手前は植栽も少なく舗装されているためにストリートのような雰囲気となっており、奥に行くほど植栽も増えて公園のような雰囲気に変化していく。ここはもともと移民が多く住むエリアだったことから、世界中の公園にある遊具を散りばめて、飽きないように工夫されている。また、公園の地面を部分的に持ち上げることで長い敷地が起伏の富んだ多様な場所となり、子どもの格好の遊び場になり、視点場にもなっていた。

Superkilen Park

Superkilen Park

自転車でNørreport StationからBLOXへ、そして運河沿いを走る

次は、一旦バスでNørreport Stationまで戻り、レンタルして自転車にも乗ってみよう。コペンハーゲンは、歩行者の街であるとともに自転車の街でもある。目指すは運河沿いに建つOMA設計によるBLOX。道は駅から南東へ伸びるNørregadeをひたすらまっすぐ。途中からNytorv、Rådhusstræde、Frederiksholms Kanalと通りの名前は変わっていくが、気にしないでともかくまっすぐ自転車を走らせると辿り着く。BLOXは建築専門美術館であり、前庭には子どもの遊び場、隣にはデザインセンター、奥にはスポーツジムがあり、さらに建物の中を道路が貫通するといった、複数のプログラムが絡み合うOMAらしい建物だ。スポーツジムはガラス張りとなっており、中にいる人が絶えず動き続けるので、静的な美術館との対比もあって体験としては抜群におもしろい。昔からコールハースがスポーツジムにこだわっていた理由を実体験として理解できる場所だ。

BLOX

BLOX

さらに運河沿いを南に走らせると、Fisketorvetというシネコン付きのショッピングモールに着く。ただ、今回の目的はここではなく、モールに隣接する自転車用の橋Cykelslangenだ。この橋はコペンハーゲンの建築デザイン事務所Dissing+Weitlingによってデザインされており、まずデザインとしての完成度がとても高い。また、少し高くなった視点から建物の間をくぐり抜け、運河を渡るのは単純に気持ちいい。さらにライトアップされた夜も美しい。そのまま運河を渡り対岸に見えてくるのは、MVRDVによるサイロを改装した集合住宅Gemini Residence。外構はデッキを敷いただけだが、ピロティによって持ち上げられた地上部分は周囲に完全に開放されている。

夜のCykelslangen

夜のCykelslangen

今度は逆に、自転車を運河沿いに北へと走らせてみよう。すると運河沿いに1ブロック分、延々と開放されている場所があることに気がつくだろう。ここは、City of Copenhagen Harbour Parkといって、運河沿いの一等地を市民が使える場所にするために、建物が建てられないように計画された場所だ。この辺りは、パブリック・スペースに対するコペンハーゲンの人々の意識の厚みを感じる。 隣には、運河に張り出すようにしてつくられた、 BIGによる屋外プールHavnebadet Islands Bryggeもある。

City of Copenhagen Harbour Park

City of Copenhagen Harbour Park

さらに北へ進むと見えてくる赤い橋が、Circle bridge。アーティストのオラファー・エリアソンによるデザインで、こちらは歩行者用の橋。円が重なってできており、写真で見るよりも小さく、とてもかわいらしい。土木デザインというよりもプロダクトデザインに近く、細かい所まで精度が高くつくられている。

Circle bridge

Circle bridge

ヒッピーの自治区クリスチャニア

もう少し自転車を走らせよう。運河沿いを北上していくと、デンマーク外務省の敷地で行き止まりになっているので、右折。敷地の中を通り抜けるとすぐにStrandgadeという小さな通りに突き当たるが、左手に道が見えるので、そちらへ進む。通りの名前はSankt Annæ Gade。そのまま直進すると、左手に教会が見えてくる。教会を抜けると左折。教会の前の道路は石畳になっているので、石畳を抜けたら左折すると覚えておけばいい。1つ目の交差点がちょっと妙な雰囲気になっているのがわかるだろう。ここが、最終目的地クリスチャニア(Christiania)だ。

クリスチャニア

クリスチャニアの街並み

クリスチャニアの街並み

ここはもともと軍の施設があった場所に生まれたヒッピーの自治区で、暴力や車の通行が禁止されている一方、大麻の使用が禁止されていないなど、ここだけはデンマークとは違うルールで回っている(マリファナを売っているストリートがあるので、そこではカメラを出さないように)。落書きも禁止されていないので、街中はスプレーによる落書きだらけ。建物たちは改装を重ねられており、それらが集合することでほかにはない独特の雰囲気を醸し出している。かといって危ない雰囲気はなく、あくまで住民たちが掲げる独自のルールが守られており、寛容で平和的。今はかなり観光地化しているが、コペンハーゲンの文化の側面がここに現われているように思う。実際、世界的に有名なコペンハーゲンのレストランnomaもこのすぐ近くに出店している。また、クリスチャニアの中には、Den Grønne Genbrugs Halというホームセンターのような店があるが、ここがまた抜群におもしろい。ほとんどのものは中古品で、窓や古材や洗面器、さらには水洗金物などのパーツまでが仕分けされて大量に売られている。一般の市場に流通している材料ではなく、古い建物から取ってきたパーツを使って自分たちで改装するという行為は、そのままクリスチャニアという自治区を表わしているようにさえ思う。

Den Grønne Genbrugs Hal

Den Grønne Genbrugs Hal

クリスチャニアの街並み

Den Grønne Genbrugs Halで売られている古材やパーツ

Den Grønne Genbrugs Halで売られている古材やパーツ

人々の意識、デザイン、長い時間をかけること

さて、今回はさまざまなパブリック・スペースを見て回ってきたが、まず第1に気づかされたのは、コペンハーゲンに住む人々の意識のなかにある、パブリック・スペースを豊かに使っていこうとする強い思いだった。City of Copenhagen Harbour Parkはまさにその一例だし、街を歩いていても、少し休めるベンチや公園が本当に多い。

第2の気づきは、パブリック・スペースのデザインである。BIGは公園を、COBEは駅を、オラファー・エリアソンは橋を手掛けている。ともかく、若い建築家やアーティストがそのデザインに関わり、極めてクオリティの高いパブリック・スペースを実現させている。今回は取り上げなかったが、 BIGによる集合住宅VM Housesにしても、上述したGemini Residenceにしても、敷地の周囲を開放し、建物の中ではなく、建物の周囲に場所をつくろうとしている。これが街を豊かにしている。

安易な和風や江戸風など、ありもしなかった偽の歴史を表層としてまとうのではなく、どのようにすれば歩行者が安全に楽しみながらくつろげる場所をつくれるのか、さまざまな人が混じり合い、共存できる場所をつくるにはどうすればいいか。コペンハーゲンではそうした本質に向き合ったうえで、新たなデザインが実験されている。味気のないベンチやガードレール。どこにでもある地味な植え込み。東京の状況に比べると、その差は歴然だ。それには、都市の中にイリーガルな場所を、その都市とは少しだけ違った場所を持っていることも大きいように思う。実験的なものを受け入れる土壌がある。

VM Houses

VM Houses

第3の気づきは、パブリック・スペースを長い時間をかけて育てているということである。例えば、第1で述べた人々の意識も当初からここまで高かったわけではない。というのも、ストロイエの歩行者専用化も最初は反対に遭っている。それを社会実験によって人々に証明し、少しずつ周囲に歩行者専用道路が拡がっていった。そこには、建築家ヤン・ゲールという存在も大きいだろう。ヤン・ゲールはストロイエをはじめとして、長年にわたりパブリック・スペースにおける人々のふるまいを研究してきた。車ではなく、歩行者のための街。公共交通機関や自転車道や自転車置場を充実させ、都心部の車を極力減らしていくという彼のビジョンは今でも色褪せない。実際コペンハーゲンでは、自転車置き場も建物の裏や地下に追いやられることなく、堂々と止められる場所としてそこら中に用意されている。

この先、シェアカーがさらに普及し、 自動運転が実現すれば、都市の中において人々と車の関わりはより大きく変わっていくだろう。そこでは、歩行者のための空間を長年にわたって研究し、実現させてきたコペンハーゲンの実験から学ぶことは本当に多い。都市戦術家の泉山塁威さんと虎ノ門、池袋を回った「パブリック・スペースを見に行く」でも触れていたように、東京には公共交通機関などのインフラはすでに整備されている。山手線の中にいれば、ほとんどの場所から徒歩で駅まで歩くことができる。課題はパブリック・スペースがあまりにも貧しいことだ。もちろん、誰かひとりの手で解決できるような問題ではないが、せめて少しずつでも実験していける状況になればと思う。

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

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公開日:2019年10月30日