海外のパブリック・スペースから 10

中国、北京──「私」の拡張にみるパブリック・スペース

安井大揮(FESCH Beijing)

このレポートを書いている2020年4月18日現在、北京市内における新型コロナウイルス感染症の騒動は、通りの人の賑わいや飲食店の復帰率などをみる限りでは徐々に収束しつつあるようにも感じられる。しかし、都市での移動は依然として厳しく制限されている。北京中心部の都市空間は、街(jiè)と呼ばれる大通りによって形成されたグリッドパターンを、胡同(hútòng)と呼ばれる小さな街路が毛細血管のように縦断し、その胡同に張り付くように雑院(záyuàn)が立ち並ぶ。春節★1以降、胡同の入り口には簡易的な検問所が設けられ、社区★2が発行する通行証を持つ者以外の出入りは基本的に禁止されている。

胡同の入り口に設けられた検問所の様子

胡同の入り口に設けられた検問所の様子(以下すべて筆者撮影)

このような状況のなかで、今回は筆者が暮らす雑院・胡同とその周辺を中心に、北京におけるパブリック・スペースのあり方を紹介したいと思う。

雑院──欲望を許容する中庭空間

雑院(あるいは大雑院)とは、北京の伝統的な中庭型住居形式である四合院(sìhéyuàn)が極度に高密化した状態のものをさす。高密化する過程には制度的、自然的な要因があった。本来、1つの世帯が暮らしていた四合院に、1950年代の大規模な人口流入や文化大革命前後に行なわれた四合院の接収・再分配などによって、複数の世帯が暮らすようになる。さらに、1976年に発生した唐山地震によって多くの四合院が被害を受けた。当初は危険な母屋での生活を避けるため、政府に推奨されるようなかたちで行なわれた中庭への増築行為が、曖昧なまま現在に至るまで繰り返し行なわれている。ガイドブックなどで紹介される形の整った中庭をもつ四合院は、博物館的に保存されたものや四合院を丸々所有する富豪の屋敷として存在するのが実状で、市井のほとんどは雑院に暮らしている。なかには、1つの四合院に50世帯が暮らすような大雑院もある。

雑院の生成過程をあらわした概念図

雑院の生成過程をあらわした概念図

このように生まれた雑院の住居空間は基本的に狭小である。住民は住居空間の不足解消するため、誰のものでもない中庭空間へ私領域の拡張をこころみる。それはキッチン機能や洗濯機能、物置といった生活必需的なものから、植木鉢や鳥・虫かご(北京人の伝統的習慣に小鳥やコオロギ、キリギリスの飼育がある)といった娯楽的なものまでじつに多彩である。一見すると地面の奪い合いともとれるこうした増築・あふれだし行為が、実際は住民どうしの信頼関係や力関係、資金の充実度、美的感覚など、さまざまな変数によって折り合いがつけられ、個性的な中庭が形成される。すべての雑院でひとつとして同じ中庭はない。比較的地面が残り公共性の高いもの、各住民の主張が激しくほとんど通路空間しか残っていないもの、美しく緑化されたもの、あまり掃除が行き届いてないもの、空間の質から衛生環境まで千差万別である。

とある雑院の中庭

とある雑院の中庭

筆者が住む雑院は自身も含め4世帯が暮らす、規模の小さな雑院である。賃貸している一室は増築の2階部分である。この2階部分だけ周囲から突出しているように見えるが、仄聞したところでは、胡同に直接面していなければ2階部分の増築は黙認されているようである。このような明文化されていない情報を獲得し、使いこなしていくことも雑院の生活では必要である。そして、かく言う筆者も増築・あふれだし行為の実践者である。エントランスと地続きになった隣家(空き家)の屋根部分を物干し場として使用させていただいている。日当たりが良くとても助かっており、今のところ雑院の住民や大家、不動産屋などから咎められることもないので、近々、もう少し手を加えてこの雑院にとってなにかしらプラスとなるようなデザインのバルコニーを勝手につくってみようかな、などと考えている。もちろん、咎められれば交渉し、それでもダメならやめればいい。ただ、そうしたことができる(あるいはできそうな)土壌を雑院はもっていると思う。

筆者が賃貸する2階増築部分と物干場

筆者が賃貸する2階増築部分と物干場(左)と通路化した中庭(右)

通路化した中庭

また、ある雑院の中庭ではこのご時世であるからだろうか、机を持ち出してパソコン作業をしている若者が見られた。天候もよく非常に気持ちよさそうであったし、なによりちょっと気を起こして部屋から机を持ち出せば、不特定多数の往来があるわけではないが、周囲の環境音や匂いなどが感じることができる中庭は魅力的である。近い将来、働き方や住居空間のあり方が少なからず見直されるであろう時代において、プライベートでもパブリックでもない、その中間のような空間として雑院の中庭が機能している示唆的な光景を見た気がした。

中庭に机を出しパソコン作業をする若者

中庭に机を出しパソコン作業をする若者

次に、雑院を出て胡同におけるパブリック・スペースのあり方をみていこう。

胡同──コミュニケーションを誘発する穏やかな街路空間

胡同は雑院をつなぐ街路空間であるが、その空間スケールの起源は元の時代までさかのぼる。そのため、今でも自動車が通れないような道幅の胡同が数多くあり、筆者が暮らす胡同も夏にもなれば、リアカーを引いたビール売りの声が響きわたるような穏やかな時間が流れている。

とある胡同

とある胡同

そして、胡同にも雑院のような公共性のあり方がみられる。胡同には公園や広場といった行政主導のパブリック・スペースがあるわけではない。ここでも、あくまで私領域の拡張がパブリックともプライベートとも言いがたい空間を生み出している。例えば、住民が持ち出した椅子が無造作に並べられ、ご近所さんであろう人たちが談笑している光景を胡同ではよく目にする。あるいは、雑院内で納まりきらなかったのであろうか、仮設的なキッチンが胡同にまであふれ出しているような場合も珍しくない。夕飯時にもなれば、スーパーの販促売り場さながら、道ゆくご婦人たちが足を止め言葉を交わし合うような光景がそこでは見られる。もちろん、雑院と違い、胡同では不特定多数の往来があるため、椅子を並べたり、植木鉢を並べるなど、より仮設的な行ないや景観の向上に寄与するような行ないがなされる傾向があるように思う。雑院には雑院の、胡同には胡同の空間のふるまいがあるのだろう。

胡同に並べられた椅子

胡同に並べられた椅子(左)と仮設的なキッチン(右)

仮設的なキッチン

「私」の拡張にみるパブリック・スペース

ここまでみてきたように、北京の雑院・胡同におけるパブリック・スペースとは、狭小な住居空間という問題を抱えた各個人的な雑院の一室に端を発し、中庭へとび出し、さらには胡同にまで「私」があふれ出るような形で生まれてきた。つまり、一貫して「私」を拡張していった結果として生まれたパブリック・スペース、と言えるだろう。このように「私」の拡張から生まれたパブリック・スペースには実感がともなう。小さな雑院の一室に暮らしながら雑院の中庭、そして胡同へとグラデーション的に生活意識は広がっていく。北京の雑院・胡同という都市空間は、パブリック・スペースのあり方を「私」という観点から私たちに問いかける。


★1──中国・中華圏における旧暦の正月。
★2──中国独自のコミュニティ単位。今の時期は、社区に登録された住民の、国・都市レベルでの移動履歴や健康状態の管理も社区が行なっている。

安井大揮(やすい・だいき)

1994年生まれ。2019年滋賀県立大学大学院環境科学研究科修了。2019年よりFESCH Beijing勤務。

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公開日:2020年04月30日