海外のパブリック・スペースから 5

デンマーク、コペンハーゲン──よく眠りよく踊るしなやかな都市の身体

森田美紀(建築家)

眠るように静かな日常

コペンハーゲンの都市空間、パブリック・スペースは人間味に溢れているというか、まるで人間のようだと思う。静かな日常と、溜め込んだエネルギーを発散する非日常、その2つをひとつの身体にうまく共存させるしなやかな空間が、街中にはたくさんある。

観光地ニューハウンを望む、地元の人々の憩いの場クロイヤープラッツの夏 Photo by Miki Morita

観光地ニューハウンを望む、地元の人々の憩いの場クロイヤープラッツの夏
Photo by Miki Morita

普段は人々の静かで穏やかな暮らしを豊かに支え、世界でも1、2を争う暮らしやすい街として評価されているコペンハーゲン。実際、ここでの7年間の生活のなかで、暮らしにまつわるストレスを感じる頻度はとても少なかったと思う。いつも少し暗く、でもその暗さに映える美しい色をした街を自転車で駆け抜けて仕事場に向かい、深夜でも繁華街では身の回りの安全に気を取られすぎることなく安心して遊ぶことができる。都心でも、ひとたび大通りを外れれば眠るように静かな通りに遭遇することも多い。東京の20分の1しかない人口と暮らすこの静かな日常を、私はとても愛おしく大切に思っている。

道の上の熱狂、ディストーション

一方、ときにはその日常を脱したい人々の欲望のままに、毎日の使われ方からは離れ、街と人との接点はいつもと違う姿になってお祭りや熱狂として立ち現れることもある。

ディストーションの風景、クレーンに吊るされたミラーボールで踊る人々 Photo by Miki Morita

ディストーションの風景、クレーンに吊るされたミラーボールで踊る人々
Photo by Miki Morita

道路の真ん中で踊り狂ったらきっと楽しい、それもたくさんの人間と。そんな原始的な昂りが、都市のなかに渦巻く数日間が「ディストーション(Distortion)」というお祭りである。年に一度、朝には自転車の渋滞が起きる街の主要な大動脈の道路を1日1本ずつ封鎖し、歩行者に解放する。

爆音で音楽を鳴らし、仮設ステージでのパフォーマンスに盛り上がったり、クレーンに吊るされたミラーボールの下で踊り狂ったり、縁石に座ってビールを飲んだりと、1本の道の上に5日間で計30万人、コペンハーゲンの人口の約半分が、境界なく思い思いに熱狂のなかに身を埋める。「ディストーション」という名前は、日本語に訳すと「ひずみ」。毎日の暮らしで少しずつ増えていくひずみを解放するかのように人々は踊る。開催時刻は夕方から夜の10時までと厳しく決まっていて、10時を過ぎると皆さっと道を離れ、バーやクラブ、誰かの家に流れ込む。割れたビールの瓶や散らかったゴミで混沌を極める会場は、日本のお花見の後のよりも格段にひどい。市の清掃部門が終了時刻から徹底的に清掃し、翌朝の通勤時間には、まるで昨晩の熱狂など何もなかったかのように自転車通勤を支える道路としての日常に戻る。

ちなみに30万人の酔っ払いが利用できる公衆トイレとなるとたくさんの量が必要で、いわゆる電話ボックスのような屋外用のトイレはいつも大行列ができるのだが、この解放的な雰囲気のなかでデザインの合理性を極めた結果、お祭のときだけはプラスチックでできた扉のない小便器タワーが出現する。今年からは女性用の扉のない小便器も現われ、全部で1,400以上のトイレを設置している。

3日間のCHART Art Fair

ときには、昔からの芸術作品が多く収蔵されている静かな美術館が、熱狂の受け皿になることもある。観光地ニューハウン(Nyhavn)に面する美術館Charlottenborg Museumでは、年に一度、地元の画廊を美術館のなかに招いて展示させる「CHART Art Fair」という芸術祭が計3日間開催され、会期中は街の芸術好きをはじめ、たくさんの人が訪れる。とくに初日は大規模なパーティが催され、皆芸術作品の前で知り合いと話し込んだり、お酒を飲んだりご飯を食べたり、もみくちゃになりながらその雰囲気も含めて楽しむ。また、普段は街のギャラリーに行かない人々も、このときだけは街の画廊の先鋭的な芸術作品を楽しみ、それを通して見える問題提起や社会批判などについて議論をかわす。

2017年 CHART Art Fair 中庭の風景 Photo by David Hugo Cabo

2017年 CHART Art Fair 中庭の風景
Photo by David Hugo Cabo

中庭では、美術館に併設するバーや街のレストランによるフードパビリオン(屋台)が宴に食事を供する。パビリオンは、コンペティションによって審美性やアート性を鑑みて選ばれ、いわゆる若手の建築家の登竜門となっている。筆者も2017年のコンペティションに参加し、小さな木材でできたパビリオンを設計した。木材がうまく活用されていない問題を提起し、来場者に小さな木材の持つ大きな可能性について考えてもらう機会となった。3日間のイベント終了後、芸術作品は元の画廊へ、パビリオンはそれぞれの建築家の手でリサイクルされ、美術館は元の静かな姿に戻る。このように、イベントを開き人の集まる場所に変容する美術館はほかにも街にたくさんある。

筆者のデザインしたパビリオン《Stick Box》 Photo by Suguru Kobayashi

筆者のデザインしたパビリオン《Stick Box》
Photo by Suguru Kobayashi

都市空間の柔軟性

公共施設や道路も含めて街中が祭りの舞台になるコペンハーゲンは、都市空間の柔軟性を鮮やかに表現している。都市のどんな場所でも、屋内外問わず最低限のルールさえ守れば、そこは誰かのものではなく皆のものであるという共有の感覚を一人ひとりがもっている。そして、デザインされていない場所でも、ゆるい定義の下どこでもパブリック・スペースになってしまう。そういった感覚のなかであえて仕事として空間をデザインする行為は、クライアントのためにデザインしているようで、じつはすべての人のため、反転して自分のためにもデザインすることであるようにも感じる。

コペンハーゲンの街は、静かであるはずの場所でもときには熱を帯び発散する、とても人間的な空間であり、皆の持ち物でもある。そこを通るだけの人にも、いくらか愛着をもたらす。そんな愛着をもった場所を皆で共有する感覚は、コペンハーゲンが暮らしやすい街だと多くの人が感じる大事な側面となっていると思う。

再開発エリアの端にある目立たないカフェでの夕暮れ Photo by Miki Morita

再開発エリアの端にある目立たないカフェでの夕暮れ
Photo by Miki Morita

森田美紀(もりた・みき)

大阪市立大学居住環境学科を卒業後、デンマーク王立芸術アカデミー修士課程修了。デンマーク建築家協会登録建築家。2012年よりコペンハーゲン在住。現在はコペンハーゲンの設計事務所に勤務しながら、mok architectsを共同主宰し設計活動・アートプロジェクトに携わる。

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公開日:2019年11月27日