海外のパブリック・スペースから 7

タイ、バンコク──進化するショッピングモール 1

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

アメリカの交通とショッピングモール

今回は2回にわたってバンコクのショッピングモールについて紹介したい。というのも、「現在では人工的につくられた虚構でしかないはずのショッピングモールこそが、リアルなパブリック・スペースとして機能している」という議論は、筆者も編集に関わった『思想地図β vol.1(特集:ショッピング/パターン)』(コンテクチュアズ[現ゲンロン]、2011)ですでにされているし、なにより、今回見学したバンコクのショッピングモールが、目まぐるしい発展を遂げていたからである。

その前に、まずショッピングモールの歴史について簡単に振り返っておこう。

そもそも、ショッピングモールはいつ生まれたのか。小売店の集積ということなら古代からあるし、屋根付きのアーケードは、ミラノのガッレリア、ブリュッセルのギャラリー・サン・チュベールなど、ヨーロッパを中心に18世紀にすでに誕生している。ただ、今日的な意味でのショッピングモールとなると、アメリカの車社会のなかで生まれたそれを指すのが一般的だろう。

そのあたりの事情は、ショッピングモールの生みの親であり、研究家でもあったビクター・グルーエンの著作、『都市のセンター計画」(鹿島出版会、1977)に詳しい。

第二次大戦後のアメリカでは、住宅地が郊外に大量に生まれたことによって、それまで都市に集中していた商業施設が、郊外と都心をつなぐ幹線道路沿いに移動していった。これらの商業施設は車で通勤する人をターゲットに、大きな看板と駐車場を持ち、互いに競い合っていたが、徐々に渋滞を引き起こすようになった。その後、駐車場を統合し、さらに歩車を分離し、風雨にも耐えられるようにするなどの過程を経て、現在のようなショッピングモールの原型が1950年代のアメリカで誕生し、発展していく。いわば、ショッピングモールは、車社会であるアメリカの交通と密接な関係を持っている。

 

もう一点補足として、ショッピングセンターとショッピングモールは基本的に同じものだ。ただ、百貨店とショッピングモールは明確に違う。それは空間的な差異ではなく、運営上の違いであり、百貨店は基本的に各店舗の売上が百貨店の売上となるが、ショッピングモールは各店舗から受け取る家賃で運営している。とはいえ、近年の日本では百貨店のように見えても、各店舗の家賃収入によって運営するケースもあるし、「ルミネ」などのように駅ナカと駅ビルが融合したような、日本の交通に密接に関係のあるケースも存在する。

バンコクの交通

アメリカのショッピングモールが、アメリカの車社会のなかから生まれたように、バンコクのショッピングモールもバンコクの交通と密接な関係を持っている。そこでまずはバンコクの交通についても、筆者の分かる範囲で簡単に紹介しておく。 バンコクの街は、王宮を出発点として、「ラーマ1世通り(Rama I Rad)」という大きな道路が街の東西を背骨のように貫いていて(同じ道路だが途中からは「プルンチット通り」、「スクンビット通り」と名称が変わる)、その真上をスカイトレインという高架鉄道が走っている。それ以外の道路は基本的にこの中央の道路から垂直に派生していくようなかたちで南北に伸びているのだが、それらの道路は細く、互いをつなぐ東西方向の道路も少ない。たまに繋がっている場合もあるのだかきわめて稀だ。東西が繋がっていないことを証明するかのように、住所もエリアではなく「Soi35」と、これらの道路によって振り分けられた番号で表記される。

大通りとスカイトレインが走るバンコクの街

大通りとスカイトレインが走るバンコクの街
右手に見える巨大な建物はショッピングモール、高架の下に見えるのが駅舎の屋根。ふたつをペデストリアンデッキが繋ぐ。写真はすべて筆者撮影

これらの構造から容易に想像できるように、「ラーマ1世通り」、「プルンチット通り」、「スクンビット通り」は凄まじい渋滞を引き起こす。要はどこに行くにもこの中央の道路を経由しなければならないので必然的に車が集中し、どうしたって渋滞してしまうのだ。今回筆者が滞在したのはほんの数日間だが、夕方以降は深夜まで常に渋滞していた。

さて、主要なショッピングモールは、この中央の道路、ラーマ1世通りよりさらに中心部であるプルンチット通り、スクンビット通りという一部のエリアに密集して建っている。上空にはスカイトレインが走っているので、駅名で言えばサイアム、チットロム、プルンチット、ナナ、アソーク、ポロムポンという5つの駅の周囲に集中している。

スカイトレインの高さは、日本の鉄道の高架よりはるかに高く、筆者が計測した場所で梁下9.57m。日本の鉄道の高架は基本的に高さ指定道路の一般制限値である4.1mを基準にしているので、その倍以上の高さがある。この高さと強い日差しのおかげで、スカイトレインの下の道路も抜けのある気持ちのよい場所になっていた。そして、スカイトレインの駅は、大きな道路をまたいで高架から1層分下がった位置にぶら下がるようにして地上から浮かんでいる。先程も述べたように道路は常に渋滞しているので、駅は道路を渡る際の歩道橋として、第二の地面としても機能している。さらに、中心部の駅にはたいてい巨大なペデストリアンデッキがへばりついていて、ショッピングモールはこのペデストリアンデッキに隣接して建っている。

スカイトレインの駅

スカイトレインの駅

ラーマ1世道りと駅

ラーマ1世通りと駅

言葉にすると長くなってしまうが、一言で言えば、駅を降りるとすぐ目の前に、ペデストリアンデッキを介してショッピングモールがドーンと現われるのだ。そして、このペデストリアンデッキがときには広場として機能するほど巨大で、また、道路の反対側にも伸びているので、そこが地上であるかのように錯覚してしまうほどである。実際、ほとんどのショッピングモールでは、スカイトレインの駅とペデストリアンデッキで直結していて、そのレベルを1階と表記していた。もちろん地上にもエントランスは設けられているが、ペデストリアンデッキレベルのそれよりははるかに小さく、あくまでペデストリアンデッキレベルをメインのエントランスとして位置づけている。一方でバンコクは車社会でもあるので、モールにはそれぞれ巨大な駐車場も併設されている。

これらの交通の条件からだろう、バンコクのショッピングモールは、アメリカの車社会のなかで発展したショッピングモールと、日本の鉄道を中心とした社会のなかで発展した駅ビルとが融合したような独特の発展を遂げていた。

バンコクのショッピングモール

プルンチット通り、スクンビット通り沿いに建っているのは、主要な巨大ショッピングモールだけでも、「MBKセンター」(1985-)、「サイアム・パラゴン」(2005-)、「セントラル・ワールド」(2006-)、「ゲイソーン・ヴィレッジ」(2004-)、「セントラル・チットロム」(1973-)、「セントラル・エンバシー」(2014-)、「ターミナル21」(2011-)、「エムクオーティエ」(2015-)、「エンポリアム」(1997-)とかなりの数があり、モールはこれ以外にも多数存在するので、駅に直結する部分はほとんどモールで占められている印象だ。そして面白いのは、各モールがそれぞれ独自の形態を持っており、互いに競い合うようにしてさまざまな実験を試みていたことである。とくに、セントラル・ワールドなどの母体であるセントラル・グループと、サイアム・パラゴンやエンポリアムなどの母体であるモール・グループはライバル関係にある。

例えば、サイアム駅には、「サイアム・ディスカバリー」、「サイアム・センター」、「サイアム・パラゴン」というセントラル・グループを母体とする3つのショッピングモールが建っている。「サイアム・センター」はバンコクで最も古いモールであり特にタイのファッションや雑貨を扱うショッピングモール。「サイアム・ディスカバリー」は2016年に日本のデザイン事務所nendoによってリニューアルされており、デザインにこだわったショッピングモール。「サイアム・パラゴン」は380,000平方メートルと超巨大なショッピングモールであり、規模は日本最大のショッピングモール、イオンレイクタウンとほぼ同じで、店内には高級ブランドや高級車のショールームが並び、空間的にも巨大な吹き抜けと高い天井高を持っている。そしてこれら3つのモールはそれぞれ複数のレベルで連結されている。

サイアム・ディスカバリー 内観

サイアム・ディスカバリー 内観
環境デザインはnendo。フレームが連続したディスプレイウォール、大小の木の箱が並ぶ鞄売り場、灰色の円柱が林立する靴売り場など、さまざまなデザインボキャブラリーが投入されている

サイアム・センター

サイアム・センター 外観
手前の床は地面ではなくペデストリアンデッキ

サイアム・パラゴン 外観
背面にサイアム・センター。巨大なペデストリアンデッキに向かい合うようにして建っている。右手に見えるのはスカイトレインの駅。

サイアム・パラゴン

サイアム・パラゴン 内観
巨大なアトリウムを抜けると高級ブランドが軒を連ねる。

一方で、同じサイアム駅の南側には「MBKセンター」という上記3つとはまったく系統の違うショッピングモールが建っている。1985年にオープンと、バンコクのなかでは古いショッピングモールであり、面積は89,000平方メートル。かつてはアジア最大のショッピングモールであった。内部は小さな店舗がギュウギュウ詰めに並んでおり、マーケットがそのまま内部に押し込められたような、カオティックで独特の熱気があるモールである。東京でいえば、中野ブロードウェイと秋葉原のラジオセンターと上野の商店街を立体的に積み重ねたような雰囲気だ。

MBKセンター

MBKセンター
ペデストリアンデッキの下にも屋台が並ぶ。内部は仮設的な店舗で埋め尽くされている。

また、アソーク駅に建つ「ターミナル21」は空港をモチーフにしたショッピングモールであり、エントランスの吹き抜けは空港のターミナルのようである。さらに各階はロンドン、東京、サンフランシスコなどの都市にちなんだインテリアとショップが集積したテーマパーク型のモールだ。ここはバンコクでも人気のモールであり、特にフードコートは観光客だけでなく、学生など地元の住人で賑わっていた。

ターミナル21 内観

ターミナル21 内観。空港のターミナルをモチーフにした巨大な吹抜
中:ロンドンをテーマにしたフロア 左:日本をテーマにしたフロア

ターミナル21 トイレ

空港のターミナルをイメージしたトイレ
中:ロンドンをイメージしたトイレ 左:日本をテーマにしたトイレ

地元の人で賑わうターミナル21のフードコート

地元の人で賑わうターミナル21のフードコート

高級ブランドが並ぶ「サイアム・パラゴン」、そのほとんどが仮設の屋台のような店舗で構成された「MBKセンター」と、テーマパークのような「ターミナル21」は、同じショッピングモールといってもその中身はまったく違う。

そして、これだけショッピングモールが都市の中心部に集中しているのは、バンコクの交通とともに気候も大きな要因だろう。筆者が訪問したのは1月で、比較的涼しく雨も少ない季節だったが、それでも30分以上歩くと汗だくになるほど蒸し暑かった。だからこそ、雨に濡れず日射を浴びずに移動できる交通手段として、車も重要だし、同様にスカイトレインとショッピングモールが直結していることは重要な意味を持っている。また、街なかを長時間歩き続けるのが気候的に困難であることから、店舗を集積し、建物の内部に街を擬似的に再現したショッピングモールが重宝される。その内部では屋根とエアコンのおかげで長時間快適に過ごせるのだから。そして、互いに競い合っているからだろう、近年では空間的にも実験的なショッピングモールが生まれていた。

いよいよ、後半では進化したショッピングモールについて紹介することとしたい。

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

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公開日:2020年01月29日