食と建築 3

循環型都市農業へのまなざし

正田智樹(食と建築の研究者、竹中工務店東京本店設計部)

本連載では「食と建築」というテーマのなかで、食の生産に着目し、建築との関わりについて話をしてきた。第1回「ガストロノミーから建築を考える」は、イタリアのスローフードの食品を対象に調査し、風や熱、光などの自然資源を建築を介して活かすことで、発酵や熟成などの工程が行われていることを書いた。 第2回「食の履歴を追いかけて、つくること」は、シェフの生江史伸氏とお話しするなかで、食の美味しさを追及することは、食が生産される背景を追いかけ、そこにある自然環境や建築、人々がどのように関わっているかを明らかにすることが、料理人にとっても建築家にとっても大切なことがお話できた。

しかし、私が扱ってきた食と建築の話は、生産する地方・消費する都市のなかで成立する構造だ。身の回りの食から履歴を追いかける際にはどうしても距離の問題が付きまとう。今後、都市部ではさらに人口が集中するが、地方と都市の生産と消費の関係にこれ以上負荷をかけることは難しいだろう。

都市農業の台頭

上記の考え方を時代の動向とともに紹介している本に、ジェニファー・コックラル=キング『シティ・ファーマー──世界の都市で始まる食料自給革命』(白井和宏訳、白水社、2014)がある。「第5章:静かなフード・ムーブメントと都市農業」では、人々が都市農業を意識するまでに至るまでの動向を3つの時期に分けて説明している。

第1の波:フードマイル
1992年イギリスでティム・ラング氏が「フードマイル」という言葉を提唱した。「フードマイル」とは「食料が生産された場所から、最終的に消費者が購入する場所までの距離」のことで、これを食品に表示すれば、生産地から消費地までの「食品の輸送距離」が簡単にわかる。食品を購入する際の判断基準は、価格や外見ではなく、移動距離にすべきではないかと問いかける。

第2の波:地産地消
2000年代には多くの人々が、工業化された食品システムに対して抗議の声を上げるようになる。ファーマーズマーケットが再開し、地元産の食材や目に見える生産者を求めるようになった。これまでは、川上にいる企業が人々の食品を選択し、経済合理性で生産方法や生産地を組み立ててきたが、その決定過程を川下から逆流させる。

ジェニファー・コックラル=キング『シティ・ファーマー』

ジェニファー・コックラル=キング『シティ・ファーマー』

第3の波:食料の調達方法──都市農業へ
2008年には都市の人口が地方の人口を上回り、2030年には人口全体の2/3が都市で暮らすことになる。都市計画は、輸送、住宅、娯楽、公衆衛生などを基準に計画されてきた。しかし、今後は都市のなかで調達をしていかなければ、生産が追いつかなくなってしまうだろう。土地、水、労働力などの資源は、都市のなかでも存在する。

このように、都市農業への動向を見ると、地球環境への関心の高まりから、生産地と消費地が離れていることで輸送する際の二酸化炭素排出量や燃料消費量が懸念され、食を消費することの問題意識のなかに“フードマイル”という距離の問題が導入された。次に、アグロインダストリーや品種改良など、経済合理性への追及から食の美味しさを蔑ろにしたことに対する人々の美食や健康への意識の目覚めがあった。そして、人口集中から既存の都市と地方の構造が崩れ食料の調達が追いつかないことへの懸念が、都市農業へと舵を取ることを促している。

ではこれらの問題に対して、どのように都市で農業を行なっていくべきなのだろうか。

循環型都市農業

ここでは、東京での都市農業を中心に考えていきたい。東京が都市となり農業が始まったのは江戸時代であろう。天正18(1590)年に徳川家康が江戸城へ入った時の城からの眺めは、茅ぶきの民家が百軒ほど点在するだけで、あとは湿原や原野が広がる僻村だったのに対して、1603年に江戸幕府が開かれる頃には推定人口が40万人近い大都市となり江戸の食料確保は重要な課題で、関東各地で田畑が開墾されていき、江戸東京野菜などが生産され始めた。明治以降東京の農地は減り続け、現在も減少傾向にある★1。
そんななか、屋上に菜園をつくる、オフィスのテラスに農園を設置するなどの事例を近年耳にするようになった。土地は小さくともないわけではない。都心部特有の自然環境や微気候、人が出す廃棄物の生成を逆手にとり、それらをたくましく農業に活かすことで、新しい建築と農業の関係を築き上げる。また、地域の祭りごとが種まきや収穫とともに行われるように、菜園があることは人々のコミュニティを広げることにもつながっている。そうした食の生産を中心に身の回りの自然資源を活かし、人々のつながりを増やしていく都市で行われる農業を“循環型都市農業”と呼ぶこととする。

本稿では東京都内にあるレストランやオフィスなど、農業+他用途が複合している建築に焦点をあて、人々のコミュニティの中心となり、自然を活かす“循環型都市農業”の実践例を中心に議論を広げたい。

インターネットやSNS、書籍、聞き取り調査を行い、“循環型都市農業”の事例を集めた。単純な分類だが、用途ごとに分類すると下記のようになる。

聞き取り調査による“循環型都市農業”の事例集

聞き取り調査やインターネット、書籍から採集した“循環型都市農業”の事例
以下図版、写真は特記なき限りすべて筆者提供

〈レストラン・カフェ型〉〈シェア畑型〉〈オフィス型〉〈集合住宅型〉である。 〈レストラン・カフェ型〉では、シェフやスタッフが主体となり、植栽の日々の維持管理を行うとともに、菜園で育てたハーブをお茶や、野菜を料理に利用している。メニュー考案やワークショップの内容が菜園の植栽選定に活かされるなど、植栽計画に店舗のテーマが反映される。

〈シェア畑型〉は、ソラドファームのように畑をレンタルしたり、Plantioが主体となって導入している、アプリをインストールするとその畑に入ることができるなど、会員制の維持管理を行っている。主体となって維持管理を行うのは会員だが、臨時で維持管理を行うスタッフもおり、水やりや肥料、土づくりなどどうしても管理が行き届かないものバックアップを行う。畑でできた野菜は会員が収穫して持ち帰れるのである。〈シェア畑型〉に共通しているのが、種はスタッフや運営者が管理を行うことや、手袋、長靴、スコップなどの農具は収納するスペースがあり、貸し出しが可能なことである。そのなかで、ソラドファームは恵比寿、荻窪、新宿など主要駅の駅ビル屋上にあり、主に子連れ家族がレンタルし、父母が通勤途中に水やりなどを行い、休日は子どもを連れて収穫や土づくりなどを行っている。Tokyo Urban Farmingが主体となって運営しているシェア畑は、Plantioが持つ管理センサー(天気や地温などを感知)を使用し、アプリと連動させることで畑に植えられている植栽の情報が会員に提供される。その情報を見て、自分が行きたい畑の維持管理を行うことができる。このように、住まいの周りに農地がなくとも、誰でも身近な場所で簡単に農業を始めることができるのが〈シェア畑型〉である。

〈オフィス型〉は、Tokyo Midori Laboなどオフィスのスタッフが世話をし、収穫するもの。働き方が見直されているなかで、テラスでの外ワークを促し、日々の変化を作物の成長とともに感じることができる。また、こちらのオフィスでは先ほどのPlantioのアプリが導入され、地域や会員にも農業を行うことが開放されているのだ。六本木ヒルズ、ポートシティ竹芝、など大規模開発の一角に菜園を設置し、維持管理を管理会社が行い、田植え、種まきや収穫などのイベント時に教育として地元の小学校と連携して、まちづくりに貢献している。

〈集合住宅型〉は、プライベートな庭ではなく、屋上などの開けた場所に菜園が設置されており、日々維持管理を行ったり、種まきや収穫を行う際にコミュニケーションを行えるなど、生活のなかに農業が組み込まれる。

上記さまざまな用途の“循環型都市農業”を見てきたが、なかでも〈レストラン・カフェ型〉はコンポストや雨水などの自然資源を活用する循環、菜園や収穫した食材を中心に人々のコミュニティに広がりが見受けられるため、〈レストラン・カフェ型〉の事例をもう少し紹介したい。

〈レストラン・カフェ型〉循環型都市農業

〈レストラン・カフェ型〉では菜園が屋上にあるものと、畑や菜園が平地あるものがみられた。屋上菜園のEatripSoil、Twiggyはともに都心部(渋谷区表参道)に位置しており、既存ビルにテナントとして入る際に菜園をつくった。

EatripSoilは表参道GYREのなかにあり、各地の食品や陶器、本などの物販とワークショップ、マルシェなどを行うイベントスペース、カフェやレストランが併設している。ここではレモン、ブドウ、ユズ、イチジク、ビワ、ロマネスコ、セロリなどハーブ類を中心に数十種類の植物が植えられており、スタッフを中心に菜園の維持管理を行う。ハーブ類はワークショップなどに使用され、お客さんからの食料残渣はコンポスト(写真右上)で発酵させることで堆肥として土に戻す取り組みを行っている。

EatripSoil
EatripSoil

左:屋上菜園。売店やレストランに来た人がふらっと立ち寄れる
右上:コンポスト
右下:ブドウやベリー類

Twiggyは14年前に美容室とカフェを開店した際に、美容師がアーバングリーン部を立ち上げ、既存テナントビルに屋上菜園をつくった。ビルに対する荷重を考慮し、土づくりを工夫している。土は近隣のふとん屋さんからもらったふとん綿を土に漉き込むことで軽量化し、綿花は植物性であるため堆肥となる。菜園では、ハーブ園と野菜園があり、野菜園では大根、かぶなどの根菜類を主に育てており、アーバングリーン部の美容師が維持管理を行っている。ハーブはカフェでハーブティなどを出す際に使用され、野菜はスタッフのまかないになっている。それらの食料残渣はコンポストに入れ、堆肥化している。また、土は一年で栄養分が少なくなってしまうため、空いている屋上に取り出し天日干しすることで再生を促す。

Twiggy
Twiggy

左:屋上菜園(提供=Twiggy)
右上:菜園全体。中央が野菜園
右中:コンポスト
右下:土の天日干し

Maruta、Hasune.Plantは、ともに平地に菜園がある。 Marutaは調布市深大寺にあり、レストランと住宅が併設した中庭に菜園がある。レモングラス、アップルミント、タイム、ルー、フェンネル、ラベンダーなどのハーブ類のほか、ブルーベリーや山椒、柿、キンカン、ナワシログミなど60種類ほどの植栽が植えられている(竣工時。『庭』No. 236[建築資料研究社、2019]参照)。菜園で取れた果実やハーブを料理や酒、ハーブティにしてレストランで提供している。特にハーブ類はその場で摘んで食事に添えたり、それらを瓶詰めして発酵し、お酒にしたものを提供するなど、収穫と調理することの喜びをお客さんがその場で体験できる仕組みづくりをしている。 菜園の維持管理はシェフが行うことで、植えられている植栽からメニューのヒントを得たり、メニューを考え、植栽を選定して新たに植えるなど、菜園とシェフの間でフィードバックがある。また、食料残渣や落葉、料理に使用した焚き火の灰はコンポストで堆肥化され、菜園に土となり戻っていく。さらに、雨水貯留タンクを地下に設けて散水したり、レインガーデン(雨水浸透庭)と呼ばれる雨水を排水せず地下に浸透させることで、内水を流出抑制する仕組みに、柳など湿気に強い植物を植えることを組み合わせるなど、菜園を維持管理させ美味しく育てるために自然を循環させている。

Maruta
Maruta

左:菜園中央では焚き火で食材を焼いてくれる
右上:収穫の様子
右中:レインガーデン(砂利敷き)、コンポスト
右下:ハーブを漬け込んだお酒、採れたての植栽

Hasune.Plantは板橋区にあり、レストランとそこから徒歩5分の距離にある畑と直売所が併設している。畑では大根やブロッコリー、ケール、かぶ、人参、白ナス、きゅうり、オクラ、インゲン、シナモンバジル、ホップ、インゲン、空豆など20種類程度の野菜を育てている。直売所では、注文するとスタッフがその場で畝へ行き野菜を収穫してくれるため、とても新鮮だ。地域の人々やレストランへ行く人がふらりと立ち寄り、コミュニケーションがとれ、畑を気軽に見学することもできる場となっている。畑の維持管理は畑クラブと呼ばれるメンバーがおり、地域の人々や活動に興味を持った人々がボランティアとして手伝ってくれているそうだ。収穫した野菜は、レストランで調理し提供される。写真右下は焼きナスとトマトを使用した料理で、調理を食べた後このトマトとナスを収穫したと案内してくれる。レストランに併設するハーブ園で収穫したものはハーブティとして提供される。また、収穫した野菜は、飲食店、花屋、整体医などが拠点となり発注した人々がピックアップできる仕組みづくりも導入している。そこでは地域で出る食料残渣なども回収できるコンポストを設置し始めており、それらを回収し、レストランからでた食料残渣と合わせてコンポスト小屋で発酵させるという。コンポストからうまれる、循環の輪を少しずつ広げる仕組み作りを導入しているのである。コンポストは湿気を含みすぎると腐敗してしまうため、乾燥材として畑の裏にある神社の落ち葉を混ぜる。そうすることで、腐敗が起きず発酵し堆肥化する。そうして地域にある不要な物を資源と見なし、人々のコミュニティを増やしながら自然の循環を回して、食をつくる。

Hasune.Plant
Hasune.Plant

左:直売所と畑。地域の人がふらっと立ち話ができる
右上:レストランハーブ菜園
右中:レストラン内観
右下:コンポスト、採れたてのナスとトマト

レストラン・カフェ型の循環型都市農業では、自然や人の循環のネットワークの中心に農業が位置づき、多様な広がりを持っていることがわかった。コンポストや雨水利用などは後から足算的に農地に設置していくこともできるが、これらの事例から学ぶことで設計段階から身の回りにある廃棄物を資源として捉え、どういったモノや人を循環の中に組み込んでデザインしていくかを見据えることができるのではないだろうか。

都市部での生活は食べ物がどこから来てどのように輸送されているのか食べた物がどのように廃棄されているか、本当に見ようと思わなければ目に入らない。私たちが見ているのははスーパーに陳列される食材とビニール袋に入った生ゴミまでで、それ以前とそれ以後の世界とは断絶されてしまっているのではないか。“循環型都市農業”は、そうした消費世界に生産と廃棄をもう一度つなぎとめることで、循環を生み出すことができるのだ。その場で採れた新鮮な野菜には、土や草の匂いがついている。廃棄された食材は茶色く色を変え、分解されて土と混ざりあい、つんとした臭いを放つだろう。しかし、その場で採れたての野菜を美味しいと感じ、残したものがまた新たな生命を宿すきっかけを生み出すことが“食べる”ということなのではないだろうか。そこに喜びを感じられることを私はとても大切なことだと考える。




★1──薄井清『東京から農業が消えた日』(草思社、2000)

正田智樹(しょうだ・ともき)

1990年千葉県生まれ。転勤族の父とともに、フランス、インドネシア、中国、ベルギーを高校卒業まで転々と移り住む。2014〜15年には東京工業大学塚本由晴研究室にて『WindowScape 3──窓の仕事学』(フィルムアート社、2017)で日本全国の伝統的なものづくりの工房の調査を行う。2016〜17年イタリアミラノ工科大学留学。現地ではSlow Foodに登録されるイタリアの伝統的な食品を建築の視点から調査。2017年東京工業大学建築学専攻修士課程修了。2017〜18年Slow Food Nippon調査員として、日本の伝統的食品生産を調査。2018年〜竹中工務店東京本店設計部在籍。

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公開日:2022年02月22日