インタビュー 2

未知の家、未来のコミューン──社会と共同体の死と生

中谷礼仁(早稲田大学建築学科教授) 聞き手:須崎文代(神奈川大学工学部建築学科助教)

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中谷礼仁氏

中谷礼仁氏

須崎文代氏

須崎文代氏

シェーカー教団が示唆するもの

須崎

シェーカーは、シンプルで機能的な家具デザインで知られる一方、宗教性の関わりから未知の部分も多く、その背景は謎めいています。その本質を探られたご研究はたいへん重要なものだと思われます。シェーカーのモノのデザインにおいて、そのコンセプトを示す特徴的な事例を紹介していただけますか。

中谷

先ほどの労働(Labour)、仕事(Work)、活動(Action)という活動特性からシェーカーを捉えると、最重要点は、特に女性に産みの苦しみを与える生殖行為の完全拒否です。とはいえ、シェーカー・ソサイエティの実際を見ていくと、生殖を完全に否定したグループが中心にいて、その周囲に、生殖行為を断ち切れない「半分シェーカー」のようなグループもいて、その人たちがソサエティーを経済的に支えていたという構造になっていることが最近わかりました。実際的ですが、なるほどなと思いました。

生殖を拒否すれば、自分たちの属する共同体はいつか滅亡します。つまり、子どもをつくらなければ、その共同体は継承されず、いつか必ず消滅してしまう。さらに独自の製品を作り、それを社会で売りこなしていかないといけない。彼らは多くのお試し会員を招き入れ、黒人奴隷もそこで解放し、さまざまな仕事を自分たちでこなしていきました。そのため、シェーカーはたくさんの道具を発明しています。これも非常に興味深いことです。

さらに面白いのは、彼らの住宅や家具、道具のデザインには、現世否定がはっきり投影されていることです。端的に言えば、彼らのデザインには「汚い大地からいかに浮くか」を一貫して追求する姿勢が通底しています。つまり「大地」という物理からものを浮かせることですね。ということは、つまり接地点が極端に少ないということです。そのため非常にシンプルで、美しい造形となっていきました。

例えば、シェーカーの女性が発明した道具のひとつに、回転ノコギリがあります。これは接地点が最も少ない形状であり、おかげで摩擦係数が小さいため、仕事量が飛躍的に伸びたわけです。また最も有名な家具デザインでも、大地への接地点面積を極限的に減らしています。日本人のわれわれもよく知っているロッキングチェアも、じつはシェーカーの発明品なのです。ロッキングチェアの脚は弧を描いていますね。シェーカーのオリジナル・ロッキングチェアの弧の部分はさらに刃物のように研がれています。つまりその弧の運動において、椅子はつねに大地に点で接地しているわけです。

2018年にケンタッキー州にあるユニオン・ヴィレッジに行きました。シェーカー教のコミュニティがあった場所です。彼らは、箒やバケツなどを使うと必ず長押に掛けて浮かせます。椅子や机の脚の浮かせ方のデザインも面白いでしょう。アイロン台はすら3点の極小の脚で設置されています[figs.9, 10]。これは保熱という意味でも望ましい。さらにハンコックというほかのシェーカー・ビレッジでは建物の内部が回るようになっていて、牛を回転させて定時間的にご飯を食べさせる装置があったりして、なんとも徹底しているというか、偏執狂的ですらある。どのデザインの背景にも、大地から離れたいという脅迫的な心理が働いているのです。

椅子や机の脚、アイロン台の浮かせ方

fig.9──椅子や机の脚、アイロン台の浮かせ方
写真=中谷礼仁

家具設計図

fig.10──家具設計図
引用出典=ジョン・カセイ『シェーカー家具──デザインとディテール』(藤門弘訳、理工学社、1996)

また、シェーカー教は、最終的には男女差を捨てようとします。しかし明らかですが、それはできません。そのとき彼らはどうするか。シェーカーは男女性をデザインとして疎外するのです。たとえば男性用の扉、女性用の扉をデザインすることで、デザインの側に男女性を押し付ける。つまり男女差なんてかたちの問題であるとでも言いたいかのようです。彼らが一団となってダンスを行う講堂の入り口を「男の入り口」「女の入り口」に分離してしまいます[fig.11]。すると男女差は建築として消化される。こうした世界観ですべてがバイナリ(二分法)に設計されています。

fig.11──バイナリに設計されたシェーカーの空間
出典=A Shaker Worship Service by Salli Terri(https://www.youtube.com/watch?v=fcoAkNU24Vw)

そんなシェーカー教は、1940年代に絶滅します。なぜかといえば、もう予想通りで生殖をしなかったためです。19世紀は全体で6,000人もいたのですが、でもこの、静かに消えていくこと、これこそがシェーカーの理想だったのではないでしょうか。滅亡の直前、シェーカー教徒たちがとった行動が、またたいへん興味深い。きわめて早い時期にシェーカー・コミュニティを日本に紹介した穂積和夫による著書『ユートピア西と東』(法律文化社、1980)には、「ニュー・レバノンのチャーチ・ファミリー、シェーカー・シスター・エンマ・ニールはシェーカーの人々の消えていくのをみ、シェーカー・ビレッジの将来について、思案をめぐらした。(…中略…)そして、一つの少年たちのための学校こそ、シェーカーの施設を有効に利用し、シェーカーのなんらかの伝統を保存するに最適であるとの結論に達した」とあります。つまり、学校としてシェーカーのかたちを残すことにしたのです[figs.12, 13]。たしかに、シェーカーの教義はじつは学校と非常に似ている。永遠の学び舎ですからね。こうして、シェーカーは教団としては絶えても、かたちとしては生き続けることとなったのです。

教団絶滅後、学校としてのシェーカーのかたち

figs.12, 13──教団絶滅後、学校としてのシェーカーのかたち(Darrow School、ニューヨーク州)
写真=中谷礼仁

須崎

かたちに精神が残っている、ということですね。

中谷

そうですね。シェーカーは、行動規範に男女性を転嫁している。たしかに、入り口が2つ残っていれば、今後それがどう使われるかはわかりませんが、男女共学の学校が似たシステムを採用する可能性もあるかもしれませんね。

実際、アメリカ各地にあるシェーカー・コミュニティを訪れると、再興されてワークショップなどが開かれたりしています。それをみるたびに、じつはシェーカーは続いているのではないかと思うことがあります。言い換えれば、こうした考え方が必要とされている時代なのかもしれません。現地を調査してわかったことですが、当時、シェーカー教団は、相当変な集団だと思われていたようです。たしかに、アメリカ中部は保守的な風潮でしたから、シェーカーの教えや彼らの振る舞いは、非常に奇妙に映ったのでしょう。迫害とまではいかなくても、冷ややかに見られ扱われていた。だから、シェーカーの人たちは、弱いもの、自分たちのことですが、をどうやって生かしていくかという問題意識も抱えていた。非常に現代的な問題をはらんでいたのです。それが、今まさにアメリカの人々の心を揺さぶるというのは、自然なことなのでしょうね。

共同体をいかに再編成するか

中谷

ここで、今日お話しした共同体についてまとめておきたいと思います。「家」を小規模共同体を守る空間だと捉えれば、「未知の家」のデザインは、小規模共同体をいかに再編成するかという問題に直面する。その方法について考えたのが、『未来のコミューン』のエピローグです。それをもう少し補足したいと思います。

かたちとコンテクストを考えるときに私がよく引用するのが、クリストファー・アレグザンダー(1936-。都市計画家・建築家。パタン・ランゲージを提唱。著書に『オレゴン大学の実験』『パタン・ランゲージ』『時を超えた建設の道』など)という建築理論家の論文「形の合成に関するノート」(1964/邦訳=『形の合成に関するノート/都市はツリーではない』[稲葉武司+押野見邦英訳、鹿島出版会、2013])です。

まず、ここでかたちとコンテクストとは何か、という基本をアレグザンダーが扱っています。彼の定義は極めてシンプルかつ強靭で、それは「形とは、我々がコントロールできる世界の一部分であって、その世界の他の部分をそのままにしておきながら、我々が姿を与えることのできる部分である。コンテクストとは、この世界に対して要求を提示する部分である。この世界で形に対する要求となるものはすべてコンテクストである」(p.15)というものです。

つまり、かたちは自分で変えることができる要素の集まりですが、コンテクストは変えることができない要素群で、かたちに対してまさに「要求」として押し寄せてくるものである、というのがアレグザンダーの定義です。しかし、このかたちとコンテクストの関係をよく読んでみると、かたちとコンテクストは固定的に不平等な関係であるとは書かれていません。例えば、「ヤカン」をデザインする場合を考えます。ヤカンのかたちと、ヤカンの周りにあるコンテクスト群を全体集合(アンサンブル)として考えて、アレグザンダーは次のように言います。「ヤカンとアンサンブルの残りとの間には明らかな境界があると考えられる。けれども、この境界は簡単に変えることができる。ヤカンを用いて家庭で飲む湯を沸かすのが悪いのだとすれば、直ちに家全体をデザインし直すことにして、それによって、住宅の形に関係する外部のことがらにこのコンテクストを変えてしまうこともできる。別に考えれば、デザインのやり直しを必要とするのはヤカンではなく、ヤカンを熱する方法である、と主張することもできよう。この場合ヤカンはコンテクストの側となり、コンロが形の側となる」(p.14)。つまりヤカンがコンテクストになれば、それによってコンロや、熱し方やそもそもの暑い湯の作り方の設計変更に変わってきます。IHの加熱機や備え付けの熱湯が出るミネラルウオーター供給機などをイメージしてもいいかと思います。

つまり、かたちとコンテクストの関係とは、じつは可変的であり、自分のできうる限りの能力で再編成が可能だ、と読み解くこともできるのです。私は、これは社会に対する主体的な付き合い方としても考えられるのではないかと思いました。つまり、世の中はかたちとコンテクストという見方に分かれてはいるけれど、それも変えることができる。そうやって、私たちがまだ見たことのない新しい要素のまとめ方を見つけることができれば、それこそが「未知の家」あるいは未知の共同体を見出すかたちになりうるのではないでしょうか[fig.14]。「家、社会がそれぞれに含む要素の境界は注意深く再定義しうる。なによりも自らが望むべき両者の平衡状態に向けて、かたちとコンテクストの閾をほぐし、あきらめずに境界線を見いだし、再び集合し、新しく空間を確保すること。これが未知の、そして未来のコミューンである」としました(『未来のコミューン』p.256)。無事に希望の書になるまでには13年もかかりましたが、こうやって世に送り出すことができました。

かたちとコンテクストの関係。未知の家、未知の共同体

fig.14──かたちとコンテクストの関係。未知の家、未知の共同体
クリストファー・アレグザンダー「形の合成に関するノート」をもとに中谷礼仁作成

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公開日:2020年10月28日

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