パブリック・トイレ×パブリック・キッチンを創造する 2

ユーザーを“気持ちよく罠にはめる”水まわり ──
商業の領域からのメッセージ

谷尻誠(建築家、サポーズデザインオフィス)| 聞き手:浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

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浅子佳英氏

浅子佳英氏

谷尻誠氏

谷尻誠氏

《社食堂》は「細胞のデザイン」

浅子佳英

谷尻さんは住宅を数多く設計する一方で、商業の分野でも活躍なさっています。これは日本の建築家ではとてもめずらしい。こうしたスタンスから今回、お話を伺いたいと思いました。というのも、このシリーズのテーマは「パブリック・トイレ×パブリック・キッチンのゆくえ」ですが、トイレに関しては近年、その公共的な役割を商業空間が担うケースが増えています。例えばNYではスタバ、日本ではコンビニや大規模商業施設というように。他方、キッチンということで言うと、谷尻さんたちは自分たちの事務所(サポーズデザインオフィス)を半分開放するかたちで、《社食堂》(2017)をオープンさせています。というわけで、建築、商業、公共の交点にいる設計者という立場から今日はいろいろとお聞きしたいと思います。まず《社食堂》を始めたきっかけから伺いたいのですが、そもそもサポーズデザインオフィスでは今、相当な数のプロジェクトが動いていますよね。どのような体制で仕事をなさっているのでしょう。

谷尻誠

人数でいうと設計関連職の正社員は広島と東京と合計34名です。設計以外にも広報や秘書、総務で3人いて、最近はプロジェクトの進行管理を任せられるプロジェクトマネージャーを採用しました。東京のスタッフは10人強で、それ以外は広島という構成です。多くのプロジェクトを同時並行で進めるために、スタッフにも案の出し方を工夫してもらっています。そのためにも、きちんと議論できるように「どうしたらいいか?」ではなく、「YES」と「NO」で答えられるような質問にしてほしいと言っています。

浅子

図面のチェックなどはパートナーの吉田愛さんと2人で分担するんですか?

谷尻

それは専門の担当者がいます。僕たちが何をするかというと、クライアントとの対話の後、社内で一度話し合いながら案の方向性を指し示すんです。それはけっしてトップダウンではなく、ある程度は担当者にゆだねる余地も残しています。こうした打合せをだいたい週1回程度行ない、ディテールの詰めなどは熟練のスタッフたちに任せます。僕たちは決裁者というよりも旗振り役のイメージですね。

一応、社内にも採用基準があってそれは「性格がやさしいこと」。いくら仕事ができても「利己的」ではダメなんです。利己的な人は自分の仕事が済んだら帰ってしまう。ほかのスタッフが忙しくしていたら、自分の担当プロジェクトでなくても手伝えるような責任感のある人がほしいんです。ある意味、部活的かもしれません。僕や吉田が留守のときでも、仕事が止まらない組織であってほしいんですね。

浅子

谷尻さんは週の半分ほどを不在にするそうですが、そういう状況が増えるほど職場の環境づくりが重要になりますよね。

谷尻

《社食堂》を始めたのもそのためでした。みんなで一緒にごはんを食べるのは大事なことで、とくに設計事務所は食生活が不規則になりがちですよね。僕も東京にいるときはここで食べるようにしています。

ここの仕組みはまず、社食堂のスタッフが毎日、僕たちにオーダーを取りに回るんです。そのうちテーブルに料理が並んで支度ができたら僕たちも席につく。お母さんが「ごはんよ」と声をかけて子どもたちが集まってくるイメージですね。

浅子

部活というよりもはや家族ですね。食事は全員でとるんですか?

谷尻

全員が揃うことは少ないけど、同じテーブルを囲むグループができますね。ふつうは個別に空き時間を見つけて食べに出かけることが多いと思うのですが、そうなるといよいよ関わりが薄くなりますし、好きなものばかり食べるから栄養が偏るでしょう。基本的には「おかん」が健康管理する仕組みなんですよ。

そもそも食を大切に思うようになったきっかけは、料理家の妻がもらした「細胞の原料は食料」というひと言でした。それで「なるほど!」とひらめきました。《社食堂》は僕にとって「細胞のデザイン」なんです。思い返せば僕が丈夫でいられるのも“おばあちゃん子”だったからです。食べ物は身体をつくる原料だし、摂取する物によって免疫力も変わります。

《社食堂》でのサポーズデザインオフィスの食事風景

《社食堂》でのサポーズデザインオフィスの食事風景 写真=伊藤徹也

《社食堂》キッチン

《社食堂》キッチン 写真=伊藤徹也

社員の食を支える“おかん料理”

浅子

社食堂の運営は自社で行なっているそうですね。現在は2人のシェフが調理にあたっていますが彼らも社員ですか? どのような経緯で働いてもらうことになったのでしょう。

谷尻

Instagramで呼びかけたり、知り合いに声をかけたりしました。ひとりはもともとジョエル・ロブションで働いていました。募集したときはたまたま休養中で、本人もこれからどうしようかと考えていたタイミングで入ってもらった。スケジュールが空いている知り合いのミュージシャンを呼んで新しいバンドを組むみたいな感じですね。そういうふうにして何人かと面接して……

浅子

現代的ですね。面接も谷尻さんが行なうのですか。

谷尻

そうですね、僕と吉田が面接しました。

浅子

そこまで関わっているんですね。メニューについてはいかがですか?

谷尻

それは事務所のスタッフにアンケートをとって、食べたいものをリクエストできる仕組みにしています。

浅子

僕もこれまで一般客として何度か利用しましたが、ふつうに毎日食べられそうな料理ばかりですよね。

谷尻

自分たちが毎日利用するので“おかん料理”をテーマにしようと決めたんです。最低限、肉か魚を選べるようにして、あとは小鉢で野菜が取れるやり方にしました。同じメニューばかり選ばないようにメニュー数はある程度限定して。おかんの手料理は基本的に選ぶものじゃないですからね。レストランと競合しないようにというのもポイントです。

浅子

社食堂の空間は事務所との間に仕切りがないオープンなプランが特徴ですね。これは谷尻さんの意向が強く働いているのでしょうか。

谷尻

そうですね。ここをつくるときにまず自分たちで運営もやろうと考えていたんです。設計者はふつう商業のために空間をつくっても、引き渡した後は関わりがなくなるじゃないですか。運営を知るチャンスがないんですよ。せっかく自分たちのスペースを開放するのだから、自分たちでやってみようと。本当は運営を理解したうえで設計できれば発注者にとってもメリットが大きいはず。こうした経験が得られれば、クライアントにも運営形態まで含めた設計提案ができるようになります。

《社食堂》の空間とシームレスにつながるサポーズデザインオフィスの事務所スペース

《社食堂》の空間とシームレスにつながるサポーズデザインオフィスの事務所スペース 写真=編集部

栄養が偏りがちな若手スタッフのためにバランスが考えられたメニュー

栄養が偏りがちな若手スタッフのためにバランスが考えられたメニュー 写真=伊藤徹也

ブランディングとは社内に投資すること

浅子

サポーズデザインオフィスが手掛けたもののなかで、僕が一番いいなと思うのがここ(社食堂)なんです。僕もかつて設計事務所のスタッフだったころは深夜残業が当たり前で、次の日も朝から打ち合わせなんてことがザラでした。食事の時間も不規則だし、忙しいときは飲まず食わずで家に帰ってカップラーメン食べて寝るとか。長時間働くことと日々の食事は密接に関係しますよね。ましてや、これから働き手の確保が難しくなってくる時代に、条件の悪い就労環境は会社にとって命取りだと思います。アトリエを中心に、こうした課題に直面している今、スタッフがきちんと食事をとれる環境を整えた意義は大きいと思いました。

さらに谷尻さんたちはそれを「社食堂」と名付け、一般のお客さんにも開放した。建築家として、自社のブランド力も高めながら、設計事務所という業態のイメージ改善にもつながっている。とてもコンセプチュアルな実践だと思いました。モチベーションの源泉となったのは何でしょうか。

谷尻

まずお金儲けしようと思ったらこの場所ではできませんよね。人通りの多い場所はほかにいくらでもありますから。こういうことがやりたいねとは昔から吉田とも話していたのですが、先ほどお話しした妻のひと言が心に響いたのもあるし、子どもができたことも大きい。でも何より、スタッフが長く働ける環境を整える必要があると思ったからですね。

浅子

それなら給料を上げる選択肢もありますよね、食堂をつくるとまではいかなくても。

谷尻

それだけだと高い水準の会社に移ればいいという話にもなります。長く働いてもらうには会社そのものに魅力がないとダメでしょう。会社が社会に対してどのようにはたらきかけるのか、強い意志表示をすることで、そこで働くスタッフも誇りを持てる。彼ら彼女らのライフステージにあわせてきちんと生活できる水準を維持することも必要ですが、会社なのだから理念を持たなければいけないと思うのです。

例えば社員食堂を設けたり、昼食をケータリングしている会社はいくらでもあるでしょう。みんながやっていることならば僕らがやる意味はないというのが基本的な考え方です。ないものはつくるしかないという理念にもとづいて、これからの働き方を示したリアルポートフォリオが《社食堂》なんです。

浅子

一般のお客さんも利用できるようにするというのが重要だったのでしょうか。

谷尻

いえ、やはりスタッフのためにつくるというのが大前提です。すこし脱線しますが、会社をブランディングするために必要なのは社内にお金をかけることだと思うんですよ。たいていの会社は広告費を投じて社会に広めようと努力しますが、それは逆じゃないかと。スタッフがいい環境で働けるように、社内にお金をかけることが僕にとってブランディングなんです。独自に体制を整えれば、取材もくるようになりますし、自ずと社員同士がいい雰囲気のなかで仕事できるような職場になっていくと思うんです。

《社食堂》の座席はカフェとして一般の利用者にも開放されている

《社食堂》は一般の利用者にも開放されている 写真=伊藤徹也

サポーズデザインオフィスの働き方

浅子

スタッフのお休みはどのようにとっているのですか。

谷尻

基本的に日曜日と祝日がお休みです。年間の有給休暇は30日とっています。

浅子

そんなにあるんですか!?

谷尻

そのためにスタッフには「休み方もデザインしよう」と言っています。たとえば、30日間連続で休みをとるならば、それを実現できるように自分の仕事をコントロールしてもらう。実際に長期で休みをとって海外旅行したスタッフもいます。もちろん有休を分散させて土日に休みをとるスタッフもいますし、平日で飛び石にするスタッフもいる。初手から土日祝休みを基本にして普通に会社らしくなってしまうよりも、世間と違うサイクルで休める選択肢があるほうが旅行に行くにもハイシーズンを避けられたりするでしょう。

浅子

なるほど、土曜日も休むと年間の休暇日数は50日ほど増える計算になるので、30日ではそれに満たないとしても、仕組みと見せ方が本当にうまい。建築を見に行きたいスタッフもいるでしょうからね。谷尻さんご自身はどれくらいの頻度で海外に行きますか。

谷尻

どうだろう、仕事をからめて2ヵ月に一度くらいでしょうか。

浅子

現在、英語を勉強なさっていると伺いましたが、日本がこれから縮小していくなかで、建築家やデザイナーも海外に目を向ける必要性があると言われていますよね。谷尻さんも将来的な視野にもとづいて対応しているという感じなのでしょうか。

谷尻

そうですね、会社の未来をつくるためにやる必要があると思ったのが大きいです。会社としてバイリンガルに対応できる構えにしておかないと、スタッフや仕事も集まってきませんし、リテラシーの高い人が出入りできるコンディションを整えておくということですね。

浅子

あれ? さっきまで働いていたスタッフの人たち、居なくなりましたね。

谷尻

みんなそこで、晩ごはん食べてますよ。

浅子

ほんとうだ。ものすごいホワイト感(笑)。設計事務所で夜7時半にふつうにちゃんとしたごはんを食べている。当たり前と言えば当たり前なんですが、この光景をみるとここで働きたくなりますね。

谷尻

設計事務所はブラックだという先入観があるからなおさらね。ネガティブな背景が前提になっている状況からは、新しい価値が生まれやすい(笑)。リノベーションと似ていますよね。価値がないと思っているところに新しい価値を与える。リノベーションが新築以上に評価されるのはそういう面も手伝っているでしょう。僕たちはさしずめ「業界をリノベーション」している感じです。

浅子

こういう試みが今後、広まっていく可能性についてはどのように考えていますか。

谷尻

できれば真似してほしいと思っています。やってみるといろんな企画が生まれますよ。食事を通じたコミュニケーションが働きやすさをつくるなら、例えば市庁舎の食堂をコワーキングにするのはどうか、とか。そういうアイデアを発表してみたりすると、話を聞きたいと言って来る人が必ず現われます。設計者の仕事って待っているだけじゃ仕事につながらないじゃないですか。忙しさにかまけずに、こうして「仕事をつくること」をつくろうと意識して行動するとクライアントがやってきます。

浅子

クライアントが、食堂が空間のど真ん中にあるこの光景と、ふつうの設計事務所の両方を見たら、絶対にこちらに依頼したいと思うでしょうね。

ある日の食卓。テーブルに並ぶ彩り豊かな料理に会話もはずむ

ある日の食卓。彩り豊かな料理に会話もはずむ 写真=伊藤徹也

発想の源──「僕はちゃんと遊んできた」

浅子

サポーズデザインオフィスの作品は特定の作風があるわけではないのですが、用途やクライアントに応じてスタイルが多様化する。むしろこのことこそが特徴とも言えます。一つひとつ見れば、けっしてまとまりがないわけではないのですが、それらを並べてみるとモダンなものもあれば、ミニマルなものもあるし、木造の小屋のようなものもあれば、打ちっぱなしの倉庫を思わせるようなものもある。その振れ幅がとても魅力的なんですが、同時にひとりの作家が生み出しているのを不思議に感じていました。
谷尻さんご自身はそれをどのように捉えていますか?

谷尻

僕はひとつの価値観に偏ること自体、なんだか気持ち悪いと感じるタチなのと、むしろバラバラであることのほうが好きというのもありますが、おそらくひとりの脳みそでつくっていないということが表われていると思うんです。スタッフやクライアントに負うところも大きいですし。

浅子

最近は商業をはじめ大規模なプロジェクトも増えていますよね。住宅はクライアントの趣味や要望が色濃く反映されるのに対し、店舗や大規模な商業施設の場合、クライアントの趣味やブランドのアイデンティティを形にする側面と、エンドユーザーのためにつくる部分があると思うんです。

谷尻

おっしゃるとおり、店舗の設計は一筋縄ではいかず、きちんとしたノウハウが求められます。ところが建築家のインテリアを見ていて不思議に思うのは、杓子定規にコンセプトを追求しようとするところです。例えば理詰めで考えた結果、真っ白な内装のレストランが生まれたりする。その空間で美味しくごはんを食べられないでしょう。コンセプトを練るのは達者だけれど、センスがある人ばかりかというとどうだろう。ファッションにしても、コムデギャルソンやイッセイ、ヨウジヤマモトさえ着ていれば無難という時代でもない。

浅子

まったく同感です。ではどうして谷尻さんは商業の設計ができるんでしょう。

谷尻

それはおそらく「ちゃんと遊んできた」からではないかと思うんです。僕は昔から自分でいろんな場所に出かけてその空間がなぜすばらしいのか考えるクセをつけてきたし、そのためにそれなりにお金を払ってきた自負もあります。

浅子

それは建築の仕事を始める前からですか?

谷尻

建築に関わるようになってからですが、店舗のインテリアを見ること自体、すごく好きでした。独立したてのころはインテリアの仕事しかなかったんですよ、僕。だけどそれまでインテリアの仕事をしたことがなかった。でも駆け出しのころは「得意です」と言ってしまいますよね(笑)。言ってしまった後で一生懸命見て回るんです。そこでお金をずいぶん使ったし、洋服もいっぱい買ってきた。でも、そういう人にしか相応の価値はつくれないと思うんですよ。自分がそうだったから、スタッフにもとにかく「お金を使え」と言います。

浅子

良いか悪いかはともかく、たしかにある水準以上の高級感はルールみたいなものなので、その価値を知らない人にはつくれないということはありますね。それは絶対的に自分でお金を使って勉強するしかない。

谷尻

僕はいつも自分の財布と相談するよりも、自分が将来どうなりたいかということを問うています。結局、自分の器と自分のできることが同じままだと仕事の規模は大きくなっていきませんから。それはやっと稼げるようになった今だからということではなく、昔からそうだと思っていたんですよね。

住宅と商業の相乗効果──水まわりへのこだわり

浅子

谷尻さんたちは建築家としての仕事もしながら、インテリアデザイナーとしての顔も持っています。建築の仕事に比べたら、インテリアのほうが仕事の回転も速く、利益が生まれやすいと思うのですが、このバランスをどのように考えていますか。

谷尻

僕にとってインテリアも建築もそれぞれ相応の楽しさがあります。それならばどちらもできる会社をつくろうと。両方できる会社はおそらくあまり多くないと思うのですが、僕はつねに間を行くことばかり考えてきました。インテリアデザインと建築の間、組織とアトリエの間といった具合に。

浅子

先ほど正社員が広島と東京で37名と仰いましたね。それだけの大所帯となると、規模の大きなプロジェクトばかりならよいですが、住宅などは採算がとりにくいのではないですか。

谷尻

たしかにそういう側面はありますが、僕たちにとって住宅はライフワークでもあります。住宅を手掛けることで、商業などのプロジェクトにも応用可能な実力が身につきます。たとえば店舗の設計で居心地のいい空間が求められる場合、住宅設計の経験は間違いなく生かせますし、逆に住宅以外の蓄積があることで住宅の質も上がります。こうした相乗効果は建築やインテリアデザインを専門的にやっていたら生まれません。

浅子

サポーズデザインオフィスの作品はデザインが多様だと言いましたが、トイレやお風呂などもユニットバスを安易に用いず、カスタムメイドのものが多い印象です。写真で拝見するかぎりでも、水まわりはラグジュアリーで居室に近い気持ちよさがあります。そもそも水まわりにこだわるのはなぜですか。

谷尻

バスルームと呼ぶくらいだから、「ルーム」として設計する必要があるだろうと思うんですよ。フレキシブルボードにペンキで仕上げただけのお風呂がよくありますが、そういうのはイヤですね。だってお風呂ではいい感じの気分になりたいじゃないですか。

浅子

なるほど。水まわりにはそういう谷尻さんの志向も表われているということですね。

谷尻

ただ先ほども言ったように、僕はスタッフに対して雰囲気づくりの方向を示すだけで、デザインに落とし込む作業は彼らがやればいいと思っています。

浅子

水まわりもまた多くのプロジェクトを経るなかで、住宅とパブリックな領域──たとえばホテルや社食堂などでの経験をフィードバックしあうということが起こるのでしょうか。

谷尻

起こりますよ。とくに水まわりは住宅で学んだことがとても生きています。商業の仕事は回転が速いイメージがありますが、最近は次第にゆったりと空間を楽しんでもらうようなトレンドに変わりつつあります。こうした志向性は住宅に近いものです。その変化はクライアントも敏感に察知していて、いかにも店舗らしいものを避けようとする。するとインテリアデザイナーではなく、僕たちのようなスタンスの会社に依頼がくるんです。

浅子

クライアントにとっても半年くらいで飽きられてしまうようなものは困ると。

谷尻

それならば住宅設計の経験が豊富な人に頼んだほうがいいとする感覚は、4、5年前くらいから顕著ではないでしょうか。対話のなかで実感することも多いです。インテリア=インテリアデザイナーではなく、もっといろんな化学反応を起こしたいということではないかと思います。

浅子

たしかにひとくちに商業と言っても以前とはずいぶん違いますよね。建築家の長坂常さんのところに商業のクライアントが殺到するようになったのもちょうど同じぐらいの時期ですし。また、住宅をやる意義は本気度の高いクライアントと向き合えるところにもありますね。よく言われるようにお客さんにとっては一生に一度の買い物ですから、谷尻さんもある種のカウンセラーのようになって要望に耳を傾けることになる。さらにそれが形になった後も、彼らがどのように使っているかをリサーチすることで次のプロジェクトにもつなげられる。それが商業のプロジェクトにおいても大きな資産になるわけですね。クライアントにとってはこうした蓄積がとても心強く感じられるのではないかと思います。

谷尻

僕たちはこれまで百数十件の住宅をつくってきたのですが、このアーカイブはちょっとやそっとじゃ得られないと思いますよ。そこで培ったことも大きいですし。たとえば、建築家は予算が大きい商業のプロジェクトで素材の実験をしようと考えますよね。でも僕にとってそれは逆なんです。実験するのはむしろ住宅のほうで、その経験を商業に生かしていく考え方になる。

浅子

なるほど、素材のバリエーションだけでも相当なアーカイブになっているのでしょうね。住宅設計と商業などのプロジェクトを両輪で扱えることの相乗効果はとても大きいと思います。

谷尻の自邸《広島の家》(2018)内観。キッチンよりバスルームを望む

谷尻の自邸《広島の家》(2018)内観。キッチンよりバスルームを望む 写真=矢野紀行

アーカイブ=未来のリソース

浅子

サポーズデザインオフィスでは《ONOMICHI U2》(2014)や《hotel koe tokyo》(2018)など、ホテルの設計も手掛けてらっしゃいますね。現在も新しいプロジェクトが進行中と聞きます。ホテルの水まわりなどにも住宅での経験が生かされているのでしょうか。

谷尻

もちろんです。ただしプランを考える段階で気をつけているのが、住宅っぽくならないことです。プロジェクトが進む過程で、住宅らしい空間になるか、商業らしい空間になるかの線引きが必要な場面が必ず訪れます。その方向付けを意識するのは重要なことで、スタッフともその感覚を共有するようにしています。僕はけっこう泊り歩くタチなのですが、気になるホテルがあればスタッフにも見に行くように勧めますし、プロジェクトの参考になりそうなホテルの写真を見せたりということをします。

浅子

なるほど、サポーズデザインオフィスとしてこれまでに設計したアーカイブと、谷尻さん個人が持っているアーカイブが設計のためのリソースとして生かされているのですね。

谷尻

ふだん出張するときでも、僕はどうせならいいホテルに泊まると決めているので、個人のリソースも豊富にあります。仰るとおり、アーカイブは実績でもあり、つくるための材料でもあるんです。だからスタッフも積極的に同行させるようにしています。何度も言うように大切なのはちゃんとお金を使って遊んでいるかどうかで、実際に空間を体験することはすごく大きいし、それに尽きるとも思っています。

《社食堂》のトイレに仕掛けた“罠”

浅子

社食堂のプランを見たときにまずおもしろいと思ったのはトイレなんです。一旦外に出ないといけない動線になっていますよね。僕はこれがすごくいいと思いました。外国だとトイレのない店がたまにありますが、まさにその感じ。外に出るとすぐ、隣りにまた中に入るアプローチがある。

谷尻

建物の中からトイレに誘導するには事務所スペースの脇を通らないといけないので、プラン上、仕方がなかったのもあります。さすがに僕たちが仕事をしているそばをお客さんが自由に行き来するのは現実的ではないので。

浅子

それだと、体験的にもあまりおもしろくないですよね。トイレがあるほうの階段を降りると、またちょっと違う雰囲気の空間になっている。谷尻さんはこのトイレをつくる際に、どのようなことを考えたのでしょう。公共のトイレへの不満とか、こういうふうに変わったらいいなといった意見はありますか?

谷尻

このトイレは事務所のスタッフも一般のお客さんも利用するものですが、僕がスタッフたちに伝えたのはいたってシンプルで、「とにかく暗く、いい雰囲気にしてイソップ置いといて」ということだったんですよ。

浅子

なるほど! それはわかりやすい(笑)。

谷尻

「それほど世の中は単純なんだから」と(笑)。何もかも真っ白で明るくて、いい香りもしない清潔風を装っているトイレよりも、薄暗くしてイソップのハンドソープを置いておけば、みんないいトイレだと思い込んでくれるんです。すこし屈折しているようでもあるのですが、公共空間に行きたいと思わせるにはユーザーを気持ちよく“罠”にはめてあげないといけない。

浅子

ユーザー目線で空間を捉えている谷尻さんならではの発言で、とても腑に落ちました。都市空間にはどうしようもなく動物的な消費者の存在があって、建築家がデザインでアプローチする以前にその絶対的条件に対応するしかない。それを身を以って経験してきた谷尻さんのメッセージではないかと思います。

谷尻

でも建築家の人たちはその発想にいきませんよね。こうしたことに気づきさえすればめちゃくちゃ優秀な人たちだと思うんですよ。いつも入念にリサーチして、歴史からもいろんなことを読み取り、コンセプトを立てて空間に落とし込む。プレゼンも上手いとくれば完璧じゃないですか。ただ、職能の使い方が上手ではない。せめて水まわりを薄暗くするだけでも雰囲気はずいぶんよくなりますからね。せっかくなのでちょっと見に行きましょうか。

(社食堂のトイレに移動して)

谷尻

暗いでしょう。いま広島でホテルを計画しているのですが、そのためのモックアップとしていい感じの水まわりをちょっとやってみようかみたいなノリでつくってみたんです。

浅子

イソップのボトルをわざわざそれらしい置き方にしていますね(笑)。

谷尻

スタッフとも「こういう感じだよね」って(笑)。商業をやるなら、せめてそれをわかっていないとね。僕は自分のことを色白腹黒と呼ぶんですが、腹黒く世の中を“罠”にはめてあげるのがビジネスだと思うんですよ。

浅子

先ほどの発言はまさに腹黒でしたね。

谷尻

デザイナーは腹黒くないと(笑)。

浅子

けれど、このトイレはふつうに趣味がいいなと感じてしまいますね。

《社食堂》のトイレの洗面台

《社食堂》のトイレの洗面台 写真=編集部

《社食堂》が併設されたサポーズデザインオフィスのスタッフ用シャワールーム

《社食堂》が併設されたサポーズデザインオフィスのスタッフ用シャワールーム 写真=編集部

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公開日:2018年12月27日

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