パブリック・トイレ×パブリック・キッチンを創造する 4

実験的なプランニングに宿るリビングルーム、キッチン、お風呂の快楽性

西沢立衛(建築家、西沢立衛建築設計事務所、SANAA) 聞き手:浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

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浅子佳英氏

浅子佳英氏

西沢立衛氏

西沢立衛氏

身体化される水まわり

浅子佳英

本日はよろしくお願いします。最初に、「パブリック・トイレ×パブリック・キッチンのゆくえ」というこの企画が生まれた背景について、説明させてください。 3年前になりますが、僕は、2016年8月号、9月号の『住宅特集』で「住宅のユーティリティ再考」という、住宅の水まわりから建築・空間を考える特別記事の連載を担当し、1990年代以降の住宅のプランの変化をリサーチしたことがあります。そこでわかったのは、いくらリビングルームや寝室に趣向を凝らしてみても、住宅全体として見れば従来の住宅と大きな差は生まれない一方で、水まわりのレイアウトは住宅全体に大きな変化を与えているという事実でした。いわば、水まわりがプランの要になっていました。90年代から2000年にかけて、妹島和世さんだけでなく、石田敏明さんや青木淳さん、西沢大良さんなど多くの建築家が実験的な住宅のプランを提案していましたが、そのなかでも西沢立衛さんの水まわりは独創的でした。本当に水まわりの配置ひとつで住宅のプランが大きく変わってしまっていた。

本日はそうした実践の背景についてまずはお聞きしたいと思います。また、水まわりからは離れるのですが、最近の西沢さんはプログラムやプランとは異なることにご関心が移っているような印象を受けます。その変化についてもお聞きできればと思っています。

というわけで、まずは水まわりから話を始めたいのですが、西沢さんの設計された《船橋アパートメント》(2004)と《森山邸》(2005)は当時かなり衝撃的でした。これらのプランは、リビングルームを中心に据えたスタディからは出てこないものだと思います。当時の西沢さんは、どのようなことにご関心があったのでしょうか。

西沢立衛

「リビングを中心に据えたスタディからは出てこないもの」というのはおっしゃる通りだと思います。建物としては《船橋アパートメント》が最初だったかもしれません。それより前の《鎌倉の住宅》(2001)と最初の作品である《ウィークエンドハウス》(1998)では、小さなお風呂を要望されたのでそうなりましたが、その頃もいろんな水まわりをつくってみたいという気持ちはあったと思います。

浅子

では、水まわり空間にもともと関心があったのでしょうか。

西沢

そうだと思います。いま思い出したのですが、『新建築』の1976年11月臨時増刊号だった『昭和住宅史』で、横山正さんの「住宅の50年」という論文がありました。それは戦後の住宅史を概観する長い文章で、そのほぼ半分くらいにわたって篠原一男批判をしていて、昭和住宅史の半分が篠原批判ですから、僕は驚いたのです。僕の記憶も相当適当なのでいろいろ間違っているかもしれませんが、その文章で横山さんは、日本のアバンギャルド建築家の住宅はリビングルームを派手にデザインして、作品表現の場にしている、というような批判をしていて、その背景として、そもそも日本人はリビングルームというのが何をすればよい場所なのかよくわかっていない、と書いていました。日本の伝統的家屋は、寝室が茶の間に早変わりみたいな家で、リビングルームはなかったのですが、戦後の住宅の近代化とともにリビングルームが登場し、住宅の中心を占めることになりました。しかし日本人はそれが何なのか今ひとつよくわかっていない。リビングルームが機能的には一種の空白地帯みたいになって、そこで建築家はやりたい放題というと言葉が悪いですが、そこが日本のアバンギャルド建築家の自己表現の主戦場になっていく、その頂点に篠原一男がいる、という感じの論旨だったと思います。そのころ僕にとって篠原一男はもっとも尊敬する建築家のひとりでしたが、横山さんの、急速な近代化によってうまれた日本の近代住宅の歪みと、建築家の極端な自己表現とを合わせて書いた指摘はおもしろかった。たしかに、当時雑誌を賑わせていた野武士世代に代表されるアバンギャルド建築家たちの住宅は、リビングルームはたいへん表現的な空間なのですが、それ以外の空間は普通でした。とくにお風呂とかキッチンは端に追いやられて、あまり快適な場所ではありませんでした。ちなみに篠原一男は、リビングルームだけでなくお風呂も寝室もきちんと設計しています。しかし雑誌ではそれはよくわからず、篠原一男の寝室やお風呂が悪くないと僕が知ったのは、実際に建物を訪れたときでした。

もうひとつ、学生時代に読んだ和辻哲郎の『古寺巡礼』(1919)は、僕にとって重要な本でした。そのなかにお風呂について書かれた文章があります。ヨーロッパのお風呂は機能的かつ合理的なもので、一方で日本のお風呂は快楽的なものだ、と指摘しています。ヨーロッパでは、お風呂とトイレとビデがワンルームで、水まわりを統合するという意味では合理的なのですが、お風呂の横にトイレがあるので、あまり気持ちよくはないわけです。日本の場合はお風呂は庭に置かれて、新鮮な外気を感じながら入浴します。それはトイレとは別物です。日本においてお風呂は快楽的なもので、ヨーロッパでそれは機能でしかないという指摘です。しかし建築雑誌で発表されている住宅作品のお風呂は、和辻の言う「快楽的な場」には全然見えず、リビングルームはやたらと派手だけど、お風呂やトイレはなにかまるで室外機置き場のような、仕様を満たすだけの場所という印象でした。

ちなみにヨーロッパの住宅にも快楽的なお風呂はあります。ル・コルビュジエの住宅を見ると、キッチンもお風呂もすごく豊かで魅力がありました。ヨーロッパに仕事で行くようになって、スイスのビジネスホテルに泊まったとき、お風呂が絨毯敷きで、ワードローブもあり、まるでリビングルームのように居心地がよく、感心したことがあります。日本のお風呂はもともと庭だけど、ヨーロッパのお風呂はリビングルームなのだなと思いました。日本と西洋で進化の仕方は異なるものの、どちらもおもしろいと思います。

そんなわけで、もともとお風呂好きだったこともあるし、建築雑誌で見る日本の建築家の住宅作品への違和感もあったと思います。

浅子

よくわかります。というのも、先ほどの『住宅特集』のリサーチでも似たような結果になったんです。実験的な住宅デザインは90年代でも引き続き行なわれている一方、その中心はやはりリビングルームでお風呂はほとんど変化していませんでした。そのようななかで西沢さんの水まわりは突出して実験的で、リストをつくるとあまりに多くなってしまったために編集部から削られてしまったぐらいです。

西沢

住宅は生きる拠点ですから、住む喜びがあるのがいいと思うんですが、なかでも「機能」は、暮らしの豊かさとか、住む楽しさとかが出るところだと思います。書斎の机とか、寝室のベッドとか、リビングルームの暖炉とか、水まわりですね。

スリールーム空間の快楽性

浅子

西沢さんにとって機能とは、室外機置き場のような仕様を満たすだけのものにするのではなく、あくまで快楽を得られるものなのですね。

西沢

そうです。仕様として「洗面台2つ」と指定したとしても、洗面台を2つ持つ洗面所には、いいものも悪いものもあるわけです。建築家の勝負所は、「洗面台2つ」というスペックを、どう空間に置き換えるかです。僕はいつも、使いやすい建築よりも、使いたくなる建築をイメージしています。例えば僕は普段イタリアの古い車を運転しているのですが、運転するのが楽しいんです。イタリアの車を運転していると、機能はジョイなのだとつくづく思います。「運転しやすい車」という考え方は、機能を負荷と考えている。運転しやすさを追求すると、機能なんてできればやりたくない労働みたいなものです。しかし「運転したくなる車」のほうは、機能を肯定しているというか、機能の賛歌だと思うんです。「運転しやすい車」を考え始めると、究極的には運転手に運転してもらうとか、自動運転とかいうことになって、機能は自分が実践することでない、となっていく気がする。

浅子

機能をやらなければならないものとして捉えるのか、やりたくなるものとして捉えるのかでは、まったく違ってきますね。《ウィークエンドハウス》や《鎌倉の住宅》では施主の要望から小さなお風呂を設計したものの、そのフラストレーションと、元来もっていた水まわりの快楽性の関心から、《船橋アパートメント》や《森山邸》のアイデアが出てきたということですか。

西沢

《船橋アパートメント》は、いわゆるワンルームマンションのプロジェクトなんです。一般的なワンルームマンションを見ると、リビングルームの空間を最大化して、キッチンとお風呂は最小限にしている。ただそれだとよくないので、ワンルームでなく3等分してスリールームにして、キッチン、お風呂、寝室の3部屋にしようと考えました。そうすると、キッチンとお風呂が通常と比べてやたらと大きくなります。また、単に3部屋とも大きいというだけでなく、3部屋とも大きな窓をつけて、明るいリビングルームにしました。

《船橋アパートメント》外観

《船橋アパートメント》外観
写真=JIN HOSOYA

《船橋アパートメント》内観

同、内観
写真=JIN HOSOYA

《船橋アパートメント》リビングルームからお風呂

同、リビングルームからお風呂
写真=JIN HOSOYA

《船橋アパートメント》キッチン

同、キッチン
写真=JIN HOSOYA

《船橋アパートメント》お風呂

同、広い開口を持つお風呂
写真=JIN HOSOYA

浅子

つまり3部屋の大きさは等分に近いものにしたかったということでしょうか。

西沢

等分でなくてもいいのですが、3つを対等にしたかった。3部屋がどれも余裕がある大きさなので、テレビや本棚、植物をどこに置くか、住まい手が好きに選べるのがいいな、と思っていました。あとはやはり、3部屋全部リビングルームという考え方がありました。

浅子

たしかにオープンハウスで拝見したとき、お風呂にはトップライトや大きな窓が設けられていて、とても明るく、なにより広いのでお風呂の中を歩き回れたのはインパクトがありました。

西沢

お風呂は入浴時だけ仕方なく滞在する場所ではなく、入浴時以外もいてもいいと思うような、魅力的な場所であるといいなと思ったのです。着替えや歯磨き、化粧などで時間をすごしたいリビングルームにしようと。

他方で反省もありました。ワンルームを3等分することは、僕としては建築的な問題に向かっているつもりだったのに、結果としては、インテリア的な提案になってしまったと感じました。ひとつは、建築の全体形状がワンボックス的なものだったので、スリールームの提案が、ワンボックスの中をどう間仕切るかみたいな、間仕切り方の提案に見えてしまった。同じ建築家が中も外も設計しているのに、外の形は都市計画から決まって、中はスリールームのアイデアでつくられて、中と外がまるで別というか、2人の建築家が分業して設計しているかのようでした。そういう反省があって、《森山邸》につながります。《森山邸》では住棟をバラバラにしてしまうわけですが、《船橋アパートメント》のワンボックスの頑丈さ、巨大さを壊してバラバラにしてしまいたかったのだと思います。建築創造をうまくやれない自分への怒りがあったと思います。

「バラバラ」と「ぎゅうぎゅう詰め」

浅子

《森山邸》も《船橋アパートメント》と同様に集合住宅ですね。ほかにどういった意識の違いがあったのでしょうか。

西沢

《森山邸》では、中と外がつながる家を考えようということで、まず「庭のある家」というアイデアを考えました。庭が通りとつながり、室内ともつながっている家です。オーナーの森山さんとその親友である広岡さんの家と賃貸アパートの3つをひとつの敷地の中につくるという要望です。広岡さんはご家族がいらっしゃるので大きな家で、森山さんの家も大きく、賃貸アパートのほうは小さい住戸の集合で、違う大きさの家が並ぶという計画で、同じ大きさの住戸が並ぶ《船橋アパートメント》とはずいぶん違う多彩さを感じました。その多彩な人々の家をどうつくるかというときに、箱をバラバラと分散配置することを思いつきました。大きな家は大きな箱になり、小さな家は小さな箱になり、バラバラな感じになって、それらはすべて庭を挟んで離れて立ちます。中と外が繋がる家を目指した結果、昔の農家のような、別棟がいくつも立つ形となりました。「バラバラ」は、大きなコンセプトだったと思います。

《森山邸》外観

《森山邸》外観
写真=西沢立衛建築設計事務所

《森山邸》中庭と住棟

《森山邸》中庭と住棟
写真=西沢立衛建築設計事務所

《森山邸》キッチン

《森山邸》キッチン
写真=西沢立衛建築設計事務所

浅子

《森山邸》のお風呂は、とても小さいけれど庭に面して大きな窓が空いていて、庭の中でお風呂に入っているような雰囲気がありますよね。小さいことが負になるのではなく、それ自体を快楽にしてしまおうという意思がうかがえます。西沢さんの作品からは大きいことは気持ちいいということと同時に、「小ささにも快楽がある」という新しい設計のボキャブラリーが見えてくる。特に《森山邸》にはそれがわかりやすく出ていると思います。

西沢

おっしゃる通りだと思います。小さい空間は、すごく小さくしていくと自動車とか、または洋服みたいなものになると思うのです。空間が小さいと、外をよく感じられる中をつくれるんじゃないかと。中と外をつなげるというコンセプトからすると、すごく小さな空間は挑戦すべきものでした。「バラバラ」という考え方からも、大きな空間と小さな空間の両方があって、どっちもいいね、というふうにしたかった、というのもあった。《森山邸》ではほかにも、いろいろやりたいことがあったと思います。

浅子

例えばどういうことですか?

西沢

「ぎゅうぎゅう詰め」という言葉も頭にありました。アメリカのお金持ちの大邸宅に行くと、庭も大きいし家も大きいし、すごく低密度で広くて、日本の家でいくら大きさや低密度を目指しても、世界の大きな家にはとうていかなわないのです。逆にアジアの高密度な状態はあるパワーがあると思い、それを建築的にやろうと。「ぎゅうぎゅう詰め」状態は、《森山邸》がある蒲田の街がもっている魅力でもありました。いわゆる木密と呼ばれる過密な住宅地ですが、その過密さは必ずしも悪いものでなく、ある場所的な魅力にもなっていました。

「バラバラ」のほうは、自由とか多様性をやりたかったのだと思います。どこまで成功したかはわかりませんが。全室同じって刑務所みたいというか、自由がない感じがして、そういうのでなくて個々がてんでバラバラな状態をやりたかった。バラバラは、単に分棟なだけでなく、アプローチもバラバラです。どの家も、いろんなアプローチで帰宅することができるのです。いろんなところで「バラバラ」は重要なキーワードでした。

浅子

なるほど。「バラバラ」と「ぎゅうぎゅう詰め」の話は、現代の家族像やライフスタイルの多様化に対する建築からの具体的な解答になっていますね。

西沢

そうかもしれません。そういうわけで半地下タイプとか、八百屋みたいに道路に開かれるタイプとか、庭に囲まれた家タイプとか、いろんなバリエーションをつくりました。そのどれもが快適なのだ、というか、建築はどんな形になったって快適なのだ、というのをやりたかったのではないかなと思います。

浅子

《森山邸》には地階のある住棟もありますよね。あれはどういう意図でつくられたのでしょうか。

西沢

庭は、多様性という意味でもいいなと思っていて、庭と室内はぜんぜん違いますからね。同じように地階も相当違う環境なので、興味がありました。森山さんが籠る地下室はオーディオルームで、地上が開けっぴろげなだけに、地下壕のような防音室はおもしろいと思いました。「バラバラ」のコンセプトにぴったりだと。

バラガン、コールハース、ゲーリー、シザの建築

浅子

《森山邸》は、世界的に見ても21世紀につくられた住宅のなかで最も革新的な建築のひとつだと思いますが、西沢さんが実際に訪問した海外の住宅も発想の起点となっているのですね。ほかに、国内外の建築作品のなかで、特に感銘を受けたものはありますか?

西沢

いろいろありますが、近代以降のものでは、ル・コルビュジエの住宅は好きですね。ル・コルビュジエの建築は荒々しく、野蛮で、人間の力を感じます。人間賛歌と言えばいいか、人間にふさわしい建築だと思います。彼の建築には人間の場所があって、共感します。ミース・ファン・デル・ローエの住宅も、王様の建築で、まるで宮殿のような気高さがあり、また、ヨーロッパの歴史を一身に背負った厚みがあって素晴らしいと思います。しかしそんな大巨匠を出さずとも、ヨーロッパの建築家はみんな住宅がうまいですね。人間の暮らしとか人間の場所ということを、よくわかっている民族だと思います。

このあいだ、ルイス・バラガンの自邸《バラガン邸》(1948)に行ってきました。僕はずっとこの建築が嫌いだったんですけれど、そのとき「あなた10回めですね」と言われました(笑)。気づかなかったけど、要するに好きなんですね。そういえばメキシコに行くたびに訪れている気がします。

浅子

でも自分では嫌いだと思っていたんですよね(笑)。

西沢

そうです。大学生のときに作品集を見て、あ、これは違うと思った。バラガンの時代はまさにモダニズムで、それは変革の時代です。病院でも駅でも、学校でも、19世紀には存在しなかった種類の建築ばかりです。モダニズムの時代は、つくってしまえばそのまま新発明の建築になってしまうような、とんでもない時代なのです。そんな時代にバラガンは、貴族のための家やお金持ちの厩をつくっていた。それらの上流階級の建築は、社会の変化を望まないような建築であるように、僕には思えた。構造も、挑戦というものがなく、その後ろ向きな姿勢に疑問を感じていました。しかしそういう批判点はすべて、今となってはだからこそすごいんだと思うようになりましたが、当時の僕はそうは考えなかった。なかでもバラガンの自邸は別格だと思います。設計の仕方も、できた建築も、僕らとはまったく違うものだなと思います。

浅子

その感覚は、西沢さんの建築に表われているように思います。より現在に近い時代の住宅作品ではどうでしょうか?

西沢

レム・コールハースの《ボルドーの住宅》(1998)に2泊したのですが、挑戦的というか何というか、建築家の精神がそのまま建築になったような、激しい建築で、感動しました。住宅というのは住むのもおもしろいけれど、考えるのもおもしろいのだということを体現した建築です。ありえないディテールと空間構成であふれていて、見ていて興奮してくるし、鼓舞されます。建築はここまで勇敢なものなのかということに、無条件に感動しました。

浅子

より新しい作品、具体的には、21世紀以降の建築作品でよいと思ったものはありますか? 例えば近年の西沢さんはフランク・O・ゲーリーからも影響を受けていたのではないかと思っています。昨年、SANAA の《グレイス・ファームズ》(2017)を見学したのですが、抽象的で美しいカーブガラスやアルムニウムの屋根はこれまでのSANAA のデザインと共通している一方、屋根の架構はかなりゲーリー的な、ある意味ラフなデザインになっていました。特に本棟とは別に設けられた木造のエントランス棟の庇などは、ゲーリーへのオマージュではないかと感じたほどです。

西沢

《グレイス・ファームズ》でゲーリーを意識したわけではありませんが、ゲーリーからの影響は僕にとって果てしないものなので、個々のプロジェクトでそれが出てもおかしくないと思います。ゲーリーは、ルイス・カーン以降の最大の建築家だと思います。ゲーリーの建築すべてが名作とは言いませんが、MITの《レイ・アンド・マリア・ステイタ・センター》(2004)は素晴らしかった。ダンディーの《マギーズ・センター》(2003)も、見ていませんが絶対いいと思います。

あと、アルヴァロ・シザは本当の天才だと思います。彼の建築の素晴らしさは、今までポルトガルにひとつもなかったような建築をつくっているのに、まるでポルトガルの街角に昔からあったみたいな感じがすることです。名も無い職人が何百年もやってきたことを、自分もやっているだけだというような感じがする。彼の建築を見ていると、建築のもっとも基本的な姿みたいなのを感じます。建築には床と壁と天井と窓があれば十分だと、すごい建築をつくるのにそれ以外は何もいらないと、彼の建築は言っています。彼のようなやり方で、伝統と未来をつなげた人、地域と世界をつなげた人はなかなかいないのではないかと思う。あくまでも僕の私見ですが、今の時代ではこの2人がほかより一段上だと思います。

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公開日:2019年05月29日

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